5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう23◇◆◇◆

1 :名無し草:04/11/28 16:33:50
ここは一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」が好きな人のためのスレッドです。
 前スレ http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1090846366/

お約束
 ■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
 ■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう
*作品への感想は大歓迎です。作家さんたちの原動力になり、スレも華やぎます。

関連サイト、お約束詳細などは>>2-6の辺りにありますので、ご覧ください。
特に初心者さんは熟読のこと!

2 :名無し草:04/11/28 16:34:44
◆関連スレ・関連サイト

「まゆこ」 http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1028904997/
 意見交換や議論をする時に使うスレ。テンプレ相談などはこちらで。

「有閑倶楽部 妄想同好会」 http://houka5.com/yuukan/
 ここで出た話が、ネタ別にまとまっているところ。過去スレのログもあり。
 *本スレで「嵐さんのところ」などと言う時はココを指す(管理人が嵐さん)

「妄想同好会BBS」 http://jbbs.livedoor.jp/movie/1322/
 上記サイトの専用BBS。本スレに作品をUPしにくい時のUP用のスレあり。
 *本スレで「したらば」と言う時はココを指す

「有閑倶楽部アンケート スレッド」
 http://jbbs.livedoor.jp/movie/bbs/read.cgi?BBS=1322&KEY=1077556851
 上記BBS内のスレッド。ゲストブック代わりにドゾー。
     
「■ □ ■ 妄想同好会 絵板 ■ □ ■」
 http://www8.oekakibbs.com/bbs/loveyuukan/oekakibbs.cgi
 上記サイトの専用絵板。イラストなどがUP可能。

3 :名無し草:04/11/28 16:35:25

◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)

<原作者及び出版元とは全く関係ありません>

・初めから判っている場合は、初回UP時に長編/短編の区分を書いてください。

・名前欄には「題名」「通しNo.」「カップリング(ネタばれになる場合を除く)」を。

・性的内容を含むものは「18禁」又は「R」と明記してください。

・連載物は、2回目以降、最初のレスに「>○○(全て半角文字)」という形で
 前作へのリンクを貼ってください。

・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。

・作品UPする時は、直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか
 確かめましょう。重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。

・作品の大量UPは大歓迎です!

4 :名無し草:04/11/28 16:36:09

◆その他のお約束詳細

・萌えないカップリング話やキャラ話であっても、 妄想意欲に水を差す発言は
 控えましょう。議論もNG(必要な議論なら、早めに「まゆこスレ」へ誘導)。

・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加しやすいように、
 なるべく名無し(作家であることが分からないような書き方)でお願いします。

・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など自由です。

・950を踏んだ人は新スレを立ててください。
 ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
 この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
 他スレの迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。

5 :名無し草:04/11/28 16:36:55

◆初心者さんへ

○2ちゃんねるには独特のルール・用語があるので、予習してください。
 「2ちゃんねる用語解説」http://www.skipup.com/~niwatori/yougo/

○もっと詳しく知りたい時
 「2典Plus」http://www.media-k.co.jp/jiten/
 「2ちゃんねるガイド」http://www.2ch.net/guide/faq.html

○荒らし・煽りについて
・「レスせずスルー」が鉄則です。指差し確認(*)も無しでお願いします。
 *「△△はアオラーだからスルーしましょう」などの確認レスをつけること

・荒らし・アオラーは常に誰かの反応を待っています。
 反撃は最も喜びますので、やらないようにしてください。
 また、放置されると、煽りや自作自演でレスを誘い出す可能性があります。
 これらに乗せられてレスしたら、「その時点であなたの負け」です。

・どうしてもスルーできそうにない時は、このスレでコソーリ呟きましょう。
 「■才殳げまιょぅ■タロ無し草@灘民【4】」(通称:ちゃぶ台スレ)
 http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1096611291/
 (注)有閑スレのことだとバレないように呟いてください。このスレで他人の
    レスに絡んだり、このスレのログを他スレに転載することは厳禁です。

○誘い受けについて
・有閑スレでは、同情をひくことを期待しているように見えるレスのことを
 誘い受けレスとして嫌う傾向にありますので、ご注意を。
 語源など http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1028904997/172

6 :名無し草:04/11/28 16:37:39

◆「SSスレッドのガイドライン」の有閑スレバージョン

<作家さんと読者の良い関係を築く為の、読者サイドの鉄則>
・作家さんが現れたら、まずはとりあえず誉める。どこが良かったとかの
 感想も付け加えてみよう。
・上手くいけば作家さんは次回も気分良くウプ、住人も作品が読めて双方ハッピー。
・それを見て自分も、と思う新米作家さんが現れたら、スレ繁栄の良循環。
・投稿がしばらく途絶えた時は、妄想雑談などをして気長に保守。
・住民同士の争いは作家さんの意欲を減退させるので、マターリを大切に。

<これから作家(職人)になろうと思う人達へ>
・まずは過去ログをチェック、現行スレを一通り読んでおくのは基本中の基本。
・最低限、スレ冒頭の「作品UPについてのお約束詳細」は押さえておこう。
・下手に慣れ合いを求めず、ある程度のネタを用意してからウプしてみよう。
・感想レスが無いと継続意欲が沸かないかもしれないが、宣伝や構って臭を
 嫌う人も多いのであくまでも控え目に。
・作家なら作品で勝負。言い訳や言い逃れを書く暇があれば、自分の腕を磨こう。
・扇りはあまり気にしない。ただし自分の振る舞いに無頓着になるのは厳禁。
 レスする時は一語一句まで気を配ろう。
・あくまでも謙虚に。叩かれ難いし、叩かれた時の擁護も多くなる。
・煽られても、興奮してレスしたり自演したりwする前に、お茶でも飲んで頭を
 冷やしてスレを読み返してみよう。
 扇りだと思っていたのが、実は粗く書かれた感想だったりするかもしれない。
・そして自分の過ちだと思ったら、素直に謝ろう。それで何を損する事がある?
 目指すのは神職人・神スレであって、議論厨・糞スレでは無いのだろう?

7 :まゆこスレ701:04/11/28 16:49:46
ちょっと早いですが、新スレ立てました。
SS(連載/短編)・感想・小ネタ等等、このスレもマターリ盛り上がりますように。

8 :名無し草:04/11/28 23:41:40
>1

乙です!
最近さびしい限りの本スレですが、匿名スレの利点を生かして
また投稿が増えるのを願ってます。

作家さん達、お待ちしております。

9 :名無し草:04/11/29 00:53:35
スレ立てお疲れさまです!

作家様方がまた降臨するのを、マターリお待ちしましょう。
きっとクリスマスネタがそろそろ…w

10 :名無し草:04/11/29 01:10:48
前スレ728さんのネタに触発されて冬物語書いてみました。
魅→悠のほのぼのです。

3スレお借りします。

11 :BE WITH YOU (1):04/11/29 01:13:23
ぱちんぱちんと耳慣れたリズムを刻んで碁石が鳴っている。
美童がかちゃかちゃと忙しなくメールを打ち、
気のなさそうに可憐が雑誌をめくる音がぱらぱら響く。

夏からこっち、どこまでも続く平和な日々。
閑をもてあましてしょうがない。

目の前に置かれたマグカップからゆらゆら湯気が立ち上る。
頬杖をついて、ぼんやりと白いそれを見つめた。
いや、正確にはその向こうを。

いつもなら閑だ閑だ、とわめく悠理もまた、頬杖をついて窓の外へ視線を向けていた。
何をそんなに眺めてるんだろう。
視線を追うと、吸い込まれそうに青い空がどこまでも広がっている。
柔らかな白い日差し。
穏やかな青のグラデーション。
同じ風景を目に映してしまうと、今度は違うことが気になった。

悠理は、何を考えてるんだろう。

12 :BE WITH YOU (2):04/11/29 01:15:15
「きゃ、いっけなーい。午後体育だったんだわ。急いで着替えなきゃ」
可憐の慌てた声に、いきなり現実に引き戻された。
授業開始5分前の予鈴に、いっせいに椅子が鳴る。
「命拾いしましたね、野梨子」
「あら、清四郎こそ投了をまぬがれてほっとしてるんじゃありません?」
足早に俺の後ろを通り過ぎながら、清四郎と野梨子が相変わらずのやりとりを繰り返す。
「魅録、コーヒー冷めちゃってるよ。何をそんなに考え込んでたわけ?」
肩を叩いてからかってくる美童に、「俺は猫舌なんだよ」と返事をしながら立ち上がった。
軽く伸びをしながらみんなの背中を見送って、悠理を振り返る。

「次は音楽だから俺たちも教室移動だぞ、悠理」
「ん」
聞いているのかいないのか、悠理はいっこうに動かない。
痺れを切らして、今度は強めに呼んだ。
「こら、悠理」
「あたい、自習で忙しいんだ」
ぺろっと舌を出して悠理が髪をかきあげた。
思いがけない仕草に、わずかに心臓が跳ねる。
隠れていた耳に小さなイヤフォンが見えた。
「魅録も、一緒にベンキョウする?」
クラシックじゃなくてロックだけどーー、悪戯っぽい笑顔とともに
片方のイヤフォンが差し出される。
俺は破顔して受け取った。
細いコードが俺たちを繋ぐ。
悠理を満たしていた音楽が、溢れんばかりに流れ込んできた。

13 :BE WITH YOU (3):04/11/29 01:16:22
授業開始を知らせる鐘が鳴った。
椅子の背にもたれながら、すっかりぬるくなったコーヒーに口をつける。
「猫舌なんて、嘘ばっかり」
「嘘じゃねーよ。今日は、熱いのダメなんだ」
テーブルの下で悠理が足を蹴ってきた。
苦いだけの液体を飲み干しながら、俺は睨むフリをする。
「じゃあ、これもダメだな。レッチリだもん」
眉をしかめて悠理がコードを引っ張る。
片手でイヤフォンを押さえながら慌てて取り繕った。
「俺、辛いのは好きなんだ」
「だから?」
「だから、半々でちょうどいいんだよ」
「ーーーーーーそっか」
悠理の顔から笑みが零れた。
俺は思わず目を細める。
夏の空を恋しがっていたに違いない悠理には悪いが、こんな風に過ごせるなら冬も悪くない、
なんて思ってしまう。


春が来ても、いつまでも、同じ時間を共有できたらいいよな。


14 :BE WITH YOU :04/11/29 01:18:48
オワリを入れるの忘れてました。
しかも、3スレじゃなくて3レスだし・・・。

ども、失礼しました。

15 :名無し草:04/11/29 01:55:05
>BE WITH YOU
小ネタを振った者です。
こういうほのぼのしたのが読みたかったので、とっても嬉しい!
それぞれの昼休みの過ごし方の描写に、頬が緩んでしまいました。
温かな湯気を感じるような、冬の一日ですね。
甘過ぎない、魅×悠のかけあいがよかったです。

16 :名無し草:04/11/29 11:55:09
>BE WITH YOU
新スレ→早速の作家様ご降臨、嬉しいです!
陽だまりみたいに、ほのぼのと温かいやり取り&空気感が
とってもイイですね。
熱すぎず辛すぎず(?)。何かこの二人に合ってるなぁと思いました(^^)
ステキなお話&ほんのり幸せ、ありがとうございました。

17 :秋の手触り[126]:04/11/30 00:00:22
長期に連載がストップしてすみません。

>>http://houka5.com/yuukan/long/l-29-2-06.html

「あー、何してんだよっ」
 美童の声で我にかえった魅録は、自分のとった行動の無様さに内心で舌打ちし
つつ、足の長いカーペットに音もなく転がったグラスを拾う。
「早く拭かなくては染みになりますわ」
 野梨子が素早くハンカチでカーペットを拭く。幸い、落としたグラスにはさほど中身
が残っていなかった。
 悠理の方は、剣菱精機社内で自分にセクハラをかけてきた八代を警戒し、微妙に
距離をとっている。
 八代はそんな魅録と悠理にニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、勧められもしない
のに図々しくソファに座った。
「そんなに動揺しなくたっていいのに」
 どの口がそんな戯れ言を言うのだ。
 魅録はなんでこんな奇怪な状況になっているのか頭を悩ませたが、なんとか気を
取り直して、とりあえずそう聞いた。
「八代さん、なんであなたがここに?」
「野梨子と契約したからさ」
「契約……?」
 言葉の内容そのものだけでなく、彼が親しげに野梨子を呼び捨てすることを怪訝
に思い、魅録は首をかしげる。答えを求めるように野梨子の方を向くと、彼女は甚だ
不本意そうな表情を浮かべて説明しはじめた。

「……マジで?」

 説明が終わったと、呆れ返った魅録はとりあえずそうとだけ言った。
「本気だよ僕は」
 八代が無意味に胸を張り、堂々と言った。カタカナの「ろ」のつく四文字が魅録の
脳裏に浮かんだが、とりあえずは沈黙を守った。なんだか無意味に力が抜けてきた
のは気のせいだろうか。

18 :秋の手触り[127]:04/11/30 00:01:31
「いい男じゃない」
 ひそひそと可憐が野梨子に耳打ちする。いい男なのは間違いなかった。だが
まともな男とは言い難い。よっぽど野梨子は可憐に反論してやろうと思ったが、
そんな男とデートする羽目になった自分が余計に虚しくなるので、口を噤んだ。
「いい大人が女子高生のケツ追っかけて恥ずかしくねーのか」
 言いにくいことをずばっと口にしたのは悠理である。彼の傍迷惑な正確を、野梨子
ほどではないが彼女も知っている。剣菱精機の社屋で彼をノックアウトしたのは
たった二日前である。こんなものに付きまとわれて、野梨子も大変だなぁと悠理は
いたく同情した。
「確かにね。僕でもさすがにここまでベタなセマリ方は出来ないなぁ」
 同じ気障男である美童だが、彼は彼なりに口説き方には美学があるらしい。自分
の感情に素直な八代とは少しタイプが違う。
「もちろんそれだけじゃないよ。前から僕は、自分がどちらの派閥につくべきか調べ
ていて、気持ちはほとんど専務派に傾いていた。今回のことは、よく検討した末の
結論だよ。だから、野梨子のことがなくても専務派に寝返っただろう。第一僕は
巻き込まれただけで、自分の意思で反専務に属していたわけじゃあないんだ」
 一同の微妙な空気に八代は弁解するが、説得力があまり無かった。
 ふと殺気に気づいて魅録が横目で見ると、清四郎が微笑んでいた。
 魅録の視線に気づいて、一言。
「まあ、心強い味方であることは確かですね」
 眼が笑っていない。
(こえーよ、お前)
 ははは、と空笑いしたところでタイミング良く、玄関からノックがした。
 出て行こうとした野梨子を制して、少し悪戯っぽい表情をした八代が「僕が出るよ」
と立ち上がる。思わず顔を見合わせた魅録と悠理だったが、玄関先でばさばさと物を
落とす音がしたのを聞いて、思わず笑い転げた。

19 :秋の手触り[128]:04/11/30 00:02:48


 明らかに反専務派に属していると思われていた八代チーフが何故この場にいるの
か――傍目にもわかるぐらい、豊作は動揺していた。
 しかし事情を説明するにつれ、落ち着きを取り戻していく。最後に、彼は溜息をつい
た。だがそれは、安堵というよりも疲れにも似た吐息だった。
「ま、まあ事情は分かったよ」
 まだ疑わしそうな表情をしながらも、豊作は一応そう頷いた。
 清四郎が言ったとおり、孤立しかけている現段階では、心強い味方であることには
間違いない。彼が反専務派の放ったスパイでさえなければ。
(ああ、またそんなことを考えている)
 豊作は自分の思考に嫌気がさして、ふたたび溜息をつく。
 自分を支持してくれているはずの人間の中に、確実に裏切り者がいる。それもひとり
ではないだろう。
 実のところ、疑っている人間も何人かいるのだ。だがそれを魅録に言うだけの勇気
が自分にはない。
 まだ信じたいと思う気持ちが、豊作の行動を鈍くする。これではいけないのに。
 覚悟を決めなければならない。信じているだけでは、自分はこの会社を守れない。
 豊作は、じっと八代を見た。この若者は信じるに足るだろうか? たとえ言葉が真実
だとしても、味方に引き入れるだけの価値があるだろうか?
 へらっと笑っていた八代が、豊作の眼差しに表情を改めた。
 言いようも無い緊張感に包まれ、倶楽部の面々はとりあえず黙って見守る。
 それは時間にしては数秒のことであったが、何分にも及ぶ長い沈黙にさえ感じられた。
 ふと豊作は、八代の瞳が殊の外真摯であることに気がついた。
 肩の力を抜き、ふっと顔を逸らした豊作は「ありがとう。頼りにしている」とだけ言った。
 その言葉を聞いた瞬間、八代は何故か呆然とした表情を浮かべた。

20 :秋の手触り[129]:04/11/30 00:03:28
「さあ、みんな揃ったことだし、さっさと情報交換しないか。俺らも結構時間がないんだ」
 話が進まないので、魅録がようやく口を出した。本当はパーティーの後、すぐにでも
悠理とともに泥棒の真似事をする予定だった。しかし有閑倶楽部のほかのメンバーや
八代などが急遽参加するという不測の事態があったため、一旦ゆっくり話しをした方が
いいと判断してホテルの部屋をとったのだ。
 チームのメンバーが増えると出来ることが広がるが、その分齟齬も生じやすい。
 同世代の人間よりは人を動かすのには慣れているが、有閑倶楽部で司令塔の役目
を負うのは初めてのことだ。魅録は用心することにしていた。
 まず清四郎が携帯の細工に成功した人間について報告し、今度は美童と可憐がそれ
ぞれ手に入れた情報を語る。
「うーん、戸村社長の秘書は何も知らなかったよ。まあ本社ではなくても剣菱グループ
社長の秘書やってるぐらいだから、よく教育されてるだけかもしれないけど」
 でもあれは多分、何もないね。
 自信をもって美童は言う。彼にしてはかなり念入りに口説いたのだ。秘書のあの
うっとりとした表情を見ても、嘘はついてないだろう。
「怪しいのはやっぱり経理部だね。あそこに働く女の子二人が、そろって課の雰囲気が
変で仕事がしにくいらしい。それも最近、上司の命令で用途が曖昧な経費をほとんど
ノーチェックで通さないといけないんだって。なんかややこしいことに巻きこまれたら厭
だし、辞めたいって愚痴零してた」
「ふーん、一般の社員の子にも分かるような変な雰囲気があるのか。まあ経理部は
がちがちの反専務派らしいし」
「経理部は完全に黒ね。絶対関わってる」
 魅録の呟きに答えるようにして断言したのは可憐である。
 彼女は経理部長本人から直接情報収集している。
「して、その根拠は?」

21 :秋の手触り[130]:04/11/30 00:04:30
「だって魅録。いくら剣菱グループとはいっても、重役でもなんでもない経理部長が、
奥さんに内緒で愛人を囲えると思う? 単なる不倫だけならともかくとして、高級
マンションを買い与えて、外出その他全部制限する完全な『囲いこみ』の愛人よ?」
「無理だろうなぁ」
 そういって魅録が豊作の方を見ると、彼も頷いた。
 完全な囲いこみとなるとかなりの手当てを愛人に手渡す必要がある。ただの不倫と
違う点は、愛人は「契約」という関係なのだ。
「生活費抜きで、月40万ですって」
 まあそれくらいが妥当だろう。買い与えるマンションや生活費を加えると、ただの部長
程度では洒落にならないぐらいの出費が……。
(――って)
「そんなことまで本人から聞いたのか? えらく具体的な内容だけど」
「本人から愛人にならないかって誘われたのよ」
 あたしをなんだと思ってるのかしら。月40万で買える女じゃないわ、などぶつぶつ
言いながら可憐は髪を掻き揚げた。今のような大胆なドレスを纏うまでもなく、彼女
には匂いたつような色気がある。
 さすがだなと魅録は苦笑するしかない。
「美童の言うとおり、戸村社長の方は何も後ろ暗いところなんかなさそうだったわ。もと
もとクリーンなイメージのある人なんでしょ? 反専務派には違いないんでしょうけど、
人を陥れるようなことをするようには思えなかった。ま、パーティーではじめて会った
人間にぺらぺら内情を話すようなら人のトップには立てないでしょうけどね」
 そりゃあまあ、そうだろう。
「他には?」
「うーん、そうねえ。高砂っていう人……常務だっけ? なんかあの人に」
 変なところで可憐は台詞を切った。言い淀みながら、上目遣いで豊作を見る。
「経理部長がへつらってた。おかしくない?」

22 :秋の手触り[131]:04/11/30 00:05:14
 告げ口するみたいで嫌だけど、常務って一応豊作さん側の人でしょう?
 そう言いながら可憐は気遣わしそうな表情を浮かべる。
 ふと魅録は、豊作と高砂の間に流れていた他人行儀な空気を思い出した。
 一度胸襟を開いたら、情け無いまでにフランクな空気醸し出す豊作が、役付きの
中では唯一の味方である高砂に対して硬い態度をとる。
 それは。
「心当たり――あるって顔ですね」
 豊作の方をみやれば、彼はすこし青褪めながらも、しっかりとした表情で頷いた。
 それまで朧だった仮想敵の姿が、魅録の中ではっきりと形をなしていった。
 気の良さそうな笑みで、年下の上司を見守っているような態度をとっていた高砂常務
が、実のところ黒幕のひとりだったとは。
「ああ、気づいては、いたんだ」
 俄かに認めたくなかっただけで。
 静かにそう認める豊作に、魅録は厳しい眼差しを向ける。
「俺を――俺たちと一緒に戦おうっていうのなら、隠し事をなしにしてもらわないと困り
ます」
「そんな言い方ないだろうっ」
 豊作の代わりに抗弁したのは悠理だった。
 もちろん魅録にも、豊作の心情は理解できる。仲間に裏切られるというのは、男に
とって痛恨の極みだ。だがそんなことを言っている場合ではない。
 何も知らない状態で動くことほど危険なことはない。
「いいんだ悠理――すまなかった。これからは全部話す」
 豊作も己の否を認めて、潔く頭を下げた。
 そして隠し事がなくなったせいだろう。さっぱりとした顔で、彼は顔をあげた。
「今井メディカルが裏でかかわっているというのはみんなの知ってる通りだけど」
 そういって、経緯を語りだす。

23 :秋の手触り[132]:04/11/30 00:05:59
 告げ口するみたいで嫌だけど、常務って一応豊作さん側の人でしょう?
 そう言いながら可憐は気遣わしそうな表情を浮かべる。
 ふと魅録は、豊作と高砂の間に流れていた他人行儀な空気を思い出した。
 一度胸襟を開いたら、情け無いまでにフランクな空気醸し出す豊作が、役付きの
中では唯一の味方である高砂に対して硬い態度をとる。
 それは。
「心当たり――あるって顔ですね」
 豊作の方をみやれば、彼はすこし青褪めながらも、しっかりとした表情で頷いた。
 それまで朧だった仮想敵の姿が、魅録の中ではっきりと形をなしていった。
 気の良さそうな笑みで、年下の上司を見守っているような態度をとっていた高砂常務
が、実のところ黒幕のひとりだったとは。
「ああ、気づいては、いたんだ」
 俄かに認めたくなかっただけで。
 静かにそう認める豊作に、魅録は厳しい眼差しを向ける。
「俺を――俺たちと一緒に戦おうっていうのなら、隠し事をなしにしてもらわないと困り
ます」
「そんな言い方ないだろうっ」
 豊作の代わりに抗弁したのは悠理だった。
 もちろん魅録にも、豊作の心情は理解できる。仲間に裏切られるというのは、男に
とって痛恨の極みだ。だがそんなことを言っている場合ではない。
 何も知らない状態で動くことほど危険なことはない。
「いいんだ悠理――すまなかった。これからは全部話す」
 豊作も己の否を認めて、潔く頭を下げた。
 そして隠し事がなくなったせいだろう。さっぱりとした顔で、彼は顔をあげた。
「今井メディカルが裏でかかわっているというのはみんなの知ってる通りだけど」
 そういって、経緯を語りだす。

24 :秋の手触り[133]:04/11/30 00:06:40
「今井メディカルの研究開発センターのセンター長が、高砂常務と連絡をとっていた
んだ」
「なぜそれを」
「興信所をつかって、前から今井メディカルの動向を探っていたのは言っていた
だろう? うちの研究スタッフが向こうに何人か引き抜かれてるから、センター長は
とくに念入りに調査さいてた。それに引っかかったんだ」
 それもたった一度だけで、何の証拠にもなりはしないけれど。
「そう……ですか」
 何はともあれ、進展があった。
 いや、豊作はもともと知っていたわけだからそれを進展とは呼ばないのかもしれ
ないが、少なくとも情報は集まった。
 魅録の頭の中で、これから家に忍び込んで携帯に細工する人間のリストに、高砂
常務の名前がリストアップされる。
 魅録がこれから調べなければいけないことに思いを馳せた、そのときだった。
「引き抜きといえば」
 それまで沈黙をたもっていた八代が口を出した。
「さっき、引き抜きをかけられてるっぽい奴見たよ」
「えっ」
 思わずといった様子で豊作が腰を浮かせる。
「野梨子、さっきの写メール見せて」
「ええ」
 八代に促され、折りたたみ式の携帯電話を広げてみせる野梨子に、一同の注視
が集まった。
 八代は先ほど見かけたふたりの男について話してみせる。壮年の方の言葉は聞
きとることが出来なかったが、若い男の方は途切れ途切れでああるが、拾い出す
ことが出来た。

25 :秋の手触り[134]:04/11/30 00:08:56
     『剣菱の令嬢が今井の――輿入れ………もし、――』
      剣菱の令嬢が今井の家に輿入れの話がもし本当なら、

     『大丈夫な…ですか、その、僕をひ――ーという話は』
      大丈夫なのですか、その、僕を引き抜くという話は』

     「僕には……後がありません」


「魅録君の狙い通り、悠理さんと今井の令息との話は、けっこう揺さぶりになってる
みたいだね」
 のんびりと言いながらも、八代の眼差しは鋭い。
 これを目撃したときは、何かの役に立つかも、ぐらいにしか思っていなかった。
 しかし。
 高砂の件で青褪めていた豊作の顔色は更に悪くなって、白といって差し支えない
程になっていた。魅録もまた険しく口を引き結んでいる。
「このふたりの素性を知ってるんですね?」
 ああ、と呻くように豊作は頷いた。
「年のいった方の人間は、先ほど話していた今井メディカルの研究開発センターの
センター長だ」
 画面を指差しながら、気持ちを落ち着かせるように豊作はゆっくり言う。
「そしてもうひとりは」
 苦しくてならない、といった表情をする豊作のあとを継いで、魅録は言った。
 心臓が燃えている。打ちのめされる気持ちよりもずっと強く、魅録は血気に逸って
いた。

「剣菱精機の開発部の部長、高田さん、だ」


ツヅク

26 :秋の手触り:04/11/30 00:11:26
さっそくミスしてしまいました。
132は重複でした。
すみません。

27 :名無し草:04/11/30 00:29:21
清→可の微妙Hなクリスマスストーリー希望♪

28 :名無し草:04/11/30 00:36:38
>秋の手触り

ずっとお待ちしていたので、とてもうれしいです!
あいつか!裏切り者は!?という所で終わりましたね…。
毎回ハラハラドキドキさせられます。
緻密なストーリーで、書かれるのは大変かと思いますが、
また続きが降臨する日をお待ちしてます。

29 :名無し草:04/11/30 20:16:37
>秋の手触り

もう読めないかも・・と思っていました。
降臨めちゃめちゃ嬉しいです!
全員が揃ってのそれぞれの有閑倶楽部らしい活躍が楽しみです。

30 :名無し草:04/11/30 23:16:13
>秋の手触り
待ってました。
ドキドキの事件展開で、目が離せません。
魅録のチーム指揮も気になるし、八代氏の動向も注目です。
悠理の恋心が何処へ行くのか。出来れば幸せになって欲しいです。

31 :名無し草:04/11/30 23:21:19
>秋の手触り
お待ちしてました。
嵐さんのところへ言って読み直し、改めて密度の濃いお話に満足してます。
でも、いろんな人に裏切られて豊作さんつらそうだぁ。
がんばれ豊作!

>BE WITH YOU
こういうほのぼのした二人もいいですね。
微笑ましい感じでスキです。

32 :名無し草:04/12/01 19:29:15
鬼闇うpします。
>>http://etc3.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1090846366/663 の続きです。
オカルトですので、苦手な方はスルーして下さい。

33 :鬼闇(89):04/12/01 19:30:46
刀守神社では義正から連絡を受けた神主が、鬼を退治するという輩を心待ちにしていた。
「鬼を退治するという若者がそちらに向かうので、刀を渡して欲しい。」

しめ縄で囲っている神殿の前で二回礼をした後、二つ拍手を叩き、再び一礼をする。
神主は縄をくぐり、中央に祭ってある『闘鬼丸』を手にした。
ずしりとした刀の重さが、今の切羽詰った状況を物語っていた。
外の悲惨な状況は知っていた。
鬼が手当たり次第に人を襲っているということを。

「千年の時を経て鬼が現れし時、四つの御霊と二つの鏡にて鬼を封じよ。さすれば御霊刀身
に宿り、再びこの世に光溢れん…か。」
この社に仕える者達より伝わりし言葉である。
恐らく『刀身』こそが、この刀のことなのだろう。
刀は代々この刀守神社でお守りしてきた。
しかし、刀を遣うとなれば話は別である。
代々仕えているからといって刀が遣えるわけでもなく、自ら戦いたくとも手も足も出ないというのが
現状なのだ。
今の時代、日本刀で戦える者などいるのだろうか?
まるで大海で一匹の魚を探すようなものだと、感じずにはいられなかった。

「滅びること…それも運命なのかも知れぬな。」
誰に聞かせるわけでもなく神主はそう呟き、再び一礼して神殿を後にした。
歩きながら大祓詞(おおはらえことば)を唱え、玄関へと向かった。
「高天原に神留坐す 皇吾親神漏岐 神漏美の命以ちて 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ…」

――神は聞いて下さるのだろうか。それとも…
全てはこれから訪れようとしている者にかかっている。
「さて、どんな輩が来るのやら。」
玄関で立ち止まり、再び大祓詞を唱えながら神主は目を閉じた。

34 :鬼闇(90):04/12/01 19:31:55
――と、その時。
「失礼します。」
若者が二人、社務所へと飛び込んできた。

「君等が佐々先生の言う?」
「ええ。」
ただ一言だけ答えた清四郎とその後ろに立つ魅録を見て、神主は大きく息を吐いた。

――どんな猛者が来るのかと思えば、端正な顔立ちの若者が二人…か。
「これを…」
神主はそう言葉にするのが精一杯だった。

刀を受け取ったのは、黒髪の青年。
両親をはじめ代々神職としてこの社に仕えてきた神主には、人の気というものが見えた。
武道においては、技術に勝るものが気である。
小さな気はより大きな気に飲み込まれ、勝負が決する。
この青年に気は見えない。
よほどの使い手であれば気を操ることなど簡単なことなのかもしれないが、どう見てもこの若者が
武道に通じているとも思えなかった。
むしろ、後ろに立っているピンク頭の若者の方が猛々しい気を発している。
それでも――鬼を倒すまではいかないだろう。

清四郎は手にした刀を目の高さまで持ち上げた。
千年前に鍛えられた『闘鬼丸』は、魅録の持つ刀や美童が使用した三鈷剣に比べて遥かに重い
が、清四郎の動作に全く重さは感じられなかった。
左手で柄を、右手で鞘を持って、スッと30センチ程刀身を覗かせる。
キラリと光るその刀には、巻物に書いてあったとおり一点の曇りもなかった。
カシン。
清四郎は音を立てて鞘を戻すと、右の手の内に刀を納めた。

35 :鬼闇(91):04/12/01 19:33:16
「魅録、行きますよ。」
右手にぐっと力を込め、清四郎がそう口にした時、神主は清四郎の業火のような気を感じ、驚きの
あまり目を見開いた。

――このような強い気を感じたのは初めて…いや、二度目だな。
十数年前、雲海と名乗る和尚がこの刀守神社を訪れた。
人当たりの良い、ほんのりとやさしい気を漂わせるこの和尚と気が合い、泊まるように勧め、彼も
了承した。
早朝、なにやら激しい気を感じ、神主はそっと気の発せられる場所を覗き込んだ。
すると、そこには雲海がいた。
穏やかな気しか感じられなかった和尚が、猛々しい気を発して武道の稽古をしていたのである。
話を聞いたところ、武道における日本一の座を手に入れたとのことだ。
この人の良さそうな和尚が…と、驚いたことを神主は思い出していた。

――ようやく信用してもらえたようですね。
険しかった神主の顔がほころぶのを感じ、清四郎は満足そうな笑みを浮かべた。
「一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「何方から武道を学ばれたのですか?」
この神主の質問に、魅録は驚きを隠せなかった。
隣に立つこの男が武道の達人だと見破る者は皆無といって良い。
それを、この神主はあっさりと見破ったのだ。
「人間国宝であられる、東村寺の雲海和尚より教わりました。」
清四郎の答えに神主はようやく笑顔を取り戻した。
「それならば間違いありますまい。宜しく頼みましたぞ。」

――神はまだ我々を見捨てておらぬようだ。
社務所を後にする二人の背中を見送っていた。
「まだまだ修行が足らぬな。」
そう呟くと、神主は社務所の中へと戻っていった。

36 :鬼闇(92):04/12/01 19:34:42
清四郎と魅録は鬼の待つ広場へと向かっていた。
社務所へは裏口にあたる北の方から入ったので、鬼のいる広場へは社殿をぐるりと回り込まなけ
ればならない。

「やられるわけにはいかないよな。」
魅録が険しい顔のまま、自分自身に言い聞かせるよう言葉にする。
「そうですね。では、究極の桃太郎になりますか。」
相変わらず冷静な清四郎の言葉に、魅録はほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
知らぬ間に、刀を握り締める拳が白かった。
そんな魅録の緊張を察したのであろう。
「じゃ、俺は究極の共の犬ってか?」
少し軽口を叩くと、次第に拳にも血の気が戻ってきた。
「そういうことになりますね。」
清四郎の言葉に魅録も声を上げて笑ったが、目の前に広場が開けてくる頃には自然と笑いが消
えた。

鬼が立っていた。
何をするわけでもなく、ただ立っていたのである。
もっとも、その力や妖力は封じてはいるものの、圧倒的な威圧感は取り払われていない。

広場に出る一歩手前で足を止め、二人は鬼の様子を探った。
自分を倒しに来る人間を待ち構えているのだろうか?
太い腕を組んだまま、前方を凝視している。
痛いほどの静けさが、恐ろしさをより際立たせていた。

「美童達はどうしてる?」
「恐らくこの神社に向かっているでしょうね。先ほどの光がアイツらを導いていると思いますよ。」
清四郎の言葉を受け、魅録は視線だけで広場を巡らせてみたものの、まだ皆の来る気配はない。
ということは、玉の力が弱まっていると考えておいた方が良いだろう。
過大評価は命取りになり兼ねない。

37 :鬼闇(93):04/12/01 19:36:01
「すぐにやって来ますよ。ま、野梨子は少し遅れるかもしれませんが。」
「フッ。」
清四郎と魅録が顔を見合わせ、軽く笑った。
本人が聞いていたら間違いなく顔を真っ赤にして怒るに違いない。
「では、参りましょう。」
二人は鬼の前へと立った。


鬼の視線が二人を捕らえた。
二人は鬼を見上げ、鬼は二人を見下ろしている。
「でか…」
「あまりお相手したくないタイプですねぇ。」
しばらく睨み合いが続いたが、最初に動いたのは鬼の口。
「――人間などにやられはせぬ。」
鬼がゆっくりと動いた。

動き出した鬼に集中しながらも、二人は察した。
上空に居た時は掲げられた玉によって力を封じられたが、今は、皆がこの社に向かっている為、
玉は見えない。
やはり封印の力が弱まっているようだ。
「おまけに俺達が見えるらしい。」
魅録が鞘に手を掛けた。
「僕達に姿を晒した代わりに、鬼にも僕達が見えるようですね」
清四郎はスッと鞘から刀を抜き、魅録も中段の位置に刀を構えた。
ブンッ!!
鬼の丸太のような腕が襲いかかってきた。

ドンッ!
間一髪避けたものの、鬼の拳が叩きつけた地面には拳が潜り込んでいた。
鬼は腕を引き抜くと、清四郎の頭めがけて拳を下ろす。

38 :鬼闇(94):04/12/01 19:36:54
「おりゃーっ!」
その隙に魅録が鬼の背中へと刀を振り下ろした。
ガツッ!
魅録の手がジンジンと痺れた。
まるで岩に打ち下ろしたような衝撃だった。
「たかが人間に我ら鬼を倒すことなど出来ると思っているのか?」
鬼が振り向くと同時に腕を振り払った。

ドガッ!
清四郎はヒラリと身を交わしたが、痺れの取れない魅録には逃げられなかった。
刀で身を庇ったものの、魅録は二メートル程飛ばされ、地面と激突した。
「魅録!!」
「ああ、大丈夫だ。」
魅録は身体を起こし、口元を拭うと腕に赤い筋が走った。
口内には鉄の味が広がる。
「ってぇ……」
体中がジンジンと痛み、思わず魅録の口から呻き声が漏れた。
これでも力が弱まっているというのである。
封印前には決して遭いたくないな、と心から思った。

不意にタタタタッと駆けて来る足音が聞こえた。
「悪い、遅くなって!」
息を切らし、ぜーぜー言いながらやって来たのは悠理だった。
「わわっ!こいつが鬼なのか?」
驚きのあまり玉を落としそうになったが、さすが悠理、動物並みの反射神経でしっかりと掴んだ。
「悠理は朱雀の玉ですから、南の位置、その場で玉を出して下さい!」
「わ、わかった!」
清四郎の指示に悠理は大声で答えると朱雀の玉を掲げた。
再び玉は淡くぼぅっと光り、鬼の妖力を奪った。

39 :鬼闇(95):04/12/01 19:38:02
「二番手が僕?うわっ!これが鬼?」
次に息を切らしながら現れたのは美童だ。
清四郎は鬼の攻撃を避けながら、しかし現れた悠理や美童に攻撃の手が向かわないよう距離を
保ちながら大声で叫んだ。
「美童は玄武の玉、北に立って玉を!」
美童は大きく頷いて北の位置に立ち、きっと鬼を睨む。
「行くよ!」
玉を掲げ、再び淡い光が鬼の防御力を奪った。

「あたしが三番手ね。」
可憐もぜいぜい言いながら走ってきた。
「ヒッ!」
鬼を目の前にして、可憐も思わず声を上げた。
可憐の声が聞こえ、一瞬目を逸らしたその時。
鬼の攻撃が清四郎を襲った。
ブンッ!!
はっと気が付いた時には、既に鬼の腕が目の前に迫っていた。
とっさに身体を引いたものの、鬼の爪がわずかに腕へと突き刺さり、真横に払われた。
「つぅっ!」
みるみるうちに、清四郎の腕に赤く太い筋が現れた。
「清四郎!!」
「大丈夫です!可憐は白虎の玉ですから、西で玉を出して下さい!」
可憐に安心させるように、清四郎は務めて平静な声で指示を出した。
「オッケー!」
可憐は清四郎の様子を察したのか、一段と声を張り上げ、玉を掲げた。
淡くぼぅと光った玉が鬼の力を奪った。

「貴様ら…。人間など我ら鬼の餌食になっていればよいものを。」
清四郎と魅録が二人がかりで戦うものの、動きのある鬼に交わされてしまう。
肝心の動きが、まだまだ素早いのだ。

40 :鬼闇(96):04/12/01 19:38:57
先ほど封じた筈の動きは、封印の力が弱まっているせいか、鬼の素早さはやはり尋常ではない。
妖力、防御、力を封じた鬼に刀は傷を負わすことは出来るが、致命傷には程遠いものだ。
「ようやく、千年の時を待った。お前らに邪魔はさせない。」
鬼の動きが一段と俊敏になり、清四郎と魅録は攻撃をかわすことが精一杯だった。
「くそっ、野梨子はまだか!」

「ご、ごめんなさい、遅くなりました…。」
清四郎の声と同時に喘ぐような声が重い足取りと共に聞こえてきた。
野梨子は今にも倒れそうなほど苦しそうに肩を上下させているが、玉だけはしっかりと抱え、気丈
なことに鬼の姿を見ても息を呑むだけで、声を上げなかった。
「野梨子、早く東の青龍の玉を。」
野梨子は頷くと、玉を天高く掲げた。

四つの玉が空に掲げられ、再び玉に光が満ち、眩しいほどに輝き始めた。
そして――鬼の動きが止まった。
「今です!魅録!」
魅録は刀を振りかぶり、清四郎が鬼の懐へと飛び込んだ。
「おりゃーっ!」
「フムッ!」
前から清四郎が、後ろから魅録が鬼に向かって刀を走らせた。
ザシュッ!
バシュッ!

「ば、ばかな……」
鬼の伸ばした腕が空を掴み、ゆっくりと身体が倒れていった。
ズシン。
「お前らなんかに勝手にされてたまるか!」
「人間の力を思い知ることです。」
二人はカチンと音を立てて刀を鞘に収めた。
地面に横たわる鬼の身体はシューシューと音を立て、地中へと融けていった。

41 :鬼闇(97):04/12/01 19:40:06
「やったな、清四郎!」
魅録と清四郎はガッチリと握手を交わした。
「魅録もみんなもご苦労様です。これで物語のとおり、めでたし、めでたし、ですね。」
二人の下へ皆が駆け寄った。
「あたい、腹へったーっ!!」
悠理が口を開くと同時に、腹の虫もぐぅーっと音を立てた。
「そういえばお昼も食べてないし、私もお腹空いちゃった。」
可憐の言葉に美童が腕時計で時間を確認する。
「もう四時を周っているもんね、長い一日だったよなぁ。」

緊張感もほぐれた晴れやかな顔の中、一人浮かぬ顔をしている幼馴染に清四郎が声を掛けた。
「どうしました、野梨子?」
さっきまでの闇が嘘のように晴れあがった青空を見つめたまま、野梨子が呟いた。
「…鬼を倒したからってあの親子が生き返るわけではありませんけど、成仏できたのかしら?まる
で夢を見ていたような出来事でしたもの。」
そんな野梨子の肩にぽんと手を置き、清四郎はゆっくりと答えた。
「そうですね。だから僕達は忘れずにいましょう。」

古くから伝承してきた忠義を忘れ、人間が犯してしまった愚かな行為。
しかし、その愚かさを正すのも又、人間だ。
それを、自身が忘れなければ良いこと。
野梨子は大きく頷いた。

「では帰るとしますか、共の者よ。褒美はきび団子ですから安いものです。」
清四郎の言葉に異を唱えたのは犬、猿、雉役の魅録、悠理、美童だった。
「俺達、あんなに働いて団子一つかよ!」
「団子よりも可愛い女の子がいいなぁ。祥子さんみたいな。」
「あたい、一個じゃなくて腹いっぱいじゃなきゃやだ!」
悲しみを湛えていた野梨子の顔にもようやく笑顔が戻った。
「まぁ、悠理ったら。」

42 :鬼闇(98):04/12/01 19:41:37
「悠理には町の平和より目の前のきび団子よね。」
「可憐、言っておくけどな、あたいはそんなに人でなしじゃないぞ。そんな、食いもん目当てだなん
て、あさましいじゃないか。」
胸の内で自画自賛しながら、悠理は腕を組んでしみじみと語った。
――くぅ〜、いいこと言うなぁ、あたいって。

「すごいよ、悠理からそんな言葉が出るなんてさ。」
美童は素直に関心していたようだが、悠理のセリフを信じていない魅録からは無情な言葉が告げ
られた。
「じゃ、お前は無料奉仕つーことで。」
「へっ?」
「そうですね。あさましい僕達はご褒美を頂きにあがりますよ。きっと義正さん達がご馳走を用意し
て待っていると思いますから。労働の対価はきちんと頂かないと。」
義正の待つ佐々の家へ向かおうとする清四郎と魅録に悠理が抗議の声を上げた。
「ちょ、ちょと待ってよ。清四郎ちゃん、それは無いんじゃないの?」
清四郎に擦り寄りながらご機嫌を取ろうとした悠理に、野梨子が更なる追い討ちをかける。
「では、私達も参りましょうか、可憐?やさしい悠理に後はまかせて。」
「冗談だよね?あたいだけご馳走食べられないなんて…」
口をパクパクさせながら固まっている悠理に、可憐がにっこりと微笑みながら口を開いた。
「大丈夫よ、悠理。美童というお仲間がいるじゃない。だから後始末は宜しくね。」
可憐は右手を上げて掌をヒラヒラと振り、清四郎、魅録の後を野梨子と共に歩き出した。
「そ、そんな…僕まで?だいたい、悠理が心にも思ってないことを言うから悪いんだよ!」
悠理の巻き添えを食った感の美童は、怒りの矛先を本人へ向けた。
「何だと?何でもあたいのせいにするな!このお調子モン!」
二人がギャーギャー言い争っている内にも四人はどんどん歩いて行く。
それに気付いた悠理が大声で叫んだ。
「あっ、コラ!あたい達を置いていくなぁ―っ!」
「待ってってば!」
悠理と美童も四人の元へと駆けて行った。

           【つづく】


43 :名無し草:04/12/01 21:47:29
>鬼闇

冒頭、清四郎の格好よさに腰が砕けそうになりました。←清四郎贔屓。
魅録とのかけあいもよかった!
こういう二人の関係は、原作を彷佛とさせますね。
しかし、一気にラストかと思いきや、まだ続くのですか。
6人のさらなる活躍(?)、期待してます。

44 :名無し草:04/12/01 22:00:15
>鬼闇
43さん同意〜!
究極桃太郎清四郎、本当に格好いいですね。ううっヨダレが。
あれだけの緊張感の中でも有閑!なかけあいがたまりません。
続き、ワクワクして待ってます。

45 :名無し草:04/12/01 23:06:36
鬼闇、楽しみにしておりました!
最終回まであと少しでしょうか?
それも寂しいような楽しみなような。

46 :名無し草:04/12/02 01:12:09
>鬼闇
予想通り遅れてきた野梨子に笑ってしまいました。
なにはともあれ、鬼退治。無事に終わってよかったですね。
が、まだ続きが……なにが待っているのでしょう?

47 :名無し草:04/12/02 01:34:48
「横恋慕」を少しだけUpします。
前スレ>611の続き。3レスいただきます。


48 :横恋慕(98)魅×悠×清:04/12/02 01:35:53
「気付くのに時間かかりすぎだよ、清四郎。優等生の名が泣くよ?まァ、恋愛に単位があったら、
お前さんは間違いなく落第だねぇ〜」
小馬鹿にするように笑い出した親友の様子に、清四郎はすうっと目を細めた。
「つまり・・・ミモザさんは、ダミーだったということですか」

「ってゆーか・・・魅録達が勝手に勘違いしただけ。彼女も面白がって協力してくれてたんだ
けど、旦那の転勤でアメリカに行くことになってね。最後に可憐と野梨子の前で派手に喧嘩
してるとこ見せといたから、僕が『失恋』したらあいつらが慰めてくれるはずだよ」
軽く眉を上げ、美童はこともなげに言い放った。

「どうして・・・悠理にそうと伝えないんですか?僕の世話を焼いてる場合じゃ・・・」
ますますわからない、という表情で、清四郎は大きくかぶりを振った。


「勝てない勝負なんか、誰がするかよ」

戻ってきたのは、かつて彼に向けて清四郎が言った科白だった。
美童は子供のように唇を尖らせ、ずるずるとシートに沈み込む。

「最初からわかってたんだよ、お前さん達がお互いを気にしすぎるくらい気にしてることは。けど、
どっちもどうしようもない恋愛オンチだから、潮時が来るまで放っとくしかないだろうと思ってさ。
・・・僕は悠理に男だとさえ思われてないんだから、割り込む余地なんかないってことも、ね」
清四郎はじっとその言葉を受け止めていた。
少々、混乱しながらも。


49 :横恋慕(99):04/12/02 01:36:29
「でも・・・計算外だったのは魅録だよ!まさかあいつが悠理に惚れるとは思ってなかったからね。
その上、お前さんときたら、頑なに自分の気持ちを認めようとしないし、挙げ句に『勝てない勝負
はしない』だの、『お節介はやめてくれ』だの・・・トンチンカンもいいとこだよ!!」
両手を上に向けながら、美童は口の端を下げ、首を傾けた。
いかにも外人風のジェスチャーだ。呆れた、という感情を表現する時の。

「・・・だって・・・そうとしか・・・。僕は悠理を泣かせてばかりだし・・・あいつが笑顔を見せる
のは、いつだって、魅録と一緒にいる時で・・・」
ぼんやりと見開かれた黒い瞳を前に、美童は一つため息をついた。
「笑わせるくらい、僕にだってできるよ?だけど、あいつを泣かすことができるのは・・・」

言葉を切り、無表情に唇を噛み締めている男の胸を拳で突いた。
「清四郎。お前だけなんだよ」


清四郎は言葉を失ったまま、全てを見透かしているかのような、青い瞳を見返していた。
そして、右手でこめかみを掴むようにし、顔を覆った。
ややあって、その形のいい唇から、苛立たしげな呟きが漏れた。
「どうして・・・」

「何?どうしてもっと早く教えてくれなかった、とでも言う気?」
美童が意地悪く眉を上げると、清四郎は小さく首を左右に振った。
「・・・いいえ。どうしてそんな大切なことに気付けなかったのか・・・自分が不甲斐なくて」

それは、自分自身へ向けられた憤りだった。
大切なものを、見落とし続けてきたことへの。


50 :横恋慕(100):04/12/02 01:37:04
「全く同感だね。お前さんが悠理をしっかり掴まえてなかったおかげで、こっちは大迷惑だよ。
魅録ばかりか、見守る決意を固めてた僕まで・・・もしかしたらチャンスがあるかも、なんて淡い
期待を持っちゃった。お前らが牽制し合っててくれたら、『漁夫の利』ってやつ?で、傷付いた
悠理がこっちに転がり込んでくるかも、なーんて・・・」
少し寂しげに、美童は笑った。
「だけど、結局つけ込めなかったよ・・・悠理があんまり辛そうで。あいつは、いつだってお前を
見てたから」
さらに、小さく喉を鳴らして笑い出す。
「ほんっとに・・・惚れた女が他の男を見てるのに気付かないなんてさ、魅録も相当な恋愛オンチ
だよね。気の毒でもう見てられないよ!」
その時、清四郎がすっと顔を上げ、喋り続ける友人を見据えた。
その漆黒の瞳には、もう迷いはなかった。

「美童。剣菱に・・・車を、剣菱に回して下さい」

名を呼ばれた男は、おやおや、と笑った。
「只ってわけにはいかないなァ。・・・交換条件呑む気ある?」
揶揄するような口調にも、清四郎はしっかりと頷いた。僕にできることなら何でもします、と。

「二度と悠理を泣かせない?」
美童は軽やかに笑い、まるで冗談のように言う。
だが、その瞳の奥に真剣な光を認めた清四郎は、ぐっと顎を引いた。
「・・・約束します」

「そう。じゃ、しょーがないな」
髪を梳き上げた後、美童はノックをするように、コン、と車の窓を叩いて見せた。

その向こうに、二人のよく知る大豪邸が姿を現していた。


51 :名無し草:04/12/02 01:37:31
[続く]が入りませんでした。今日はここまでです。


52 :名無し草:04/12/02 13:27:20
>横恋慕
お待ちしてました(^^)。
清四郎が悠理の気持ちを知りましたねえ。
しかし美童もだったとはびっくりしました。最初から
読み返さねば。
このあと清四郎が剣菱邸で悠理とどう話し合ってくれる
か、脳内で勝手に妄想しながらお待ちします。うふ

53 :名無し草:04/12/02 14:05:02
横恋慕、とうとうクライマックス近し?ですね!
作者さんの書かれる美童が前々からめっちゃカコイイので、
実はこの3人のトライアングル展開で読みたいな〜と内心
思っておりましたが、ズバリ読みは当たってましたねw 
(清×悠←美。以前にこれで美童が勝つ・・というか清四郎がいつの間にかフェードアウトして
しまうパターンのお話があったので、今度は思いきり戦って清四郎に勝って欲しかった)
しかし敵に宣戦布告かと思いきや、もう応援モードかい。
諦めいいのね美童・・いい人過ぎるw ちょっと残念。
でも続き楽しみにしてまーす!

54 :名無し草:04/12/02 14:11:22
そういえば、ハウル見て来ましたが、ハウルが金髪バージョンの時は
美童とイメージが重なるのは私だけでしょうかw
弱虫でナルシーだけど、大事なとこでは女の子をきちんと守ってエスコート、
まさにツボをつくんですよね〜。
優雅で色気のあるしぐさとか目線や(ついでにキムタクのセクシーボイス)に
クラッと来ますので、美童ファンは必見です。

55 :名無し草:04/12/02 23:15:52
>横恋慕
おお、清四郎が素直になった!
しかし美童までとは驚きです。
ちっとも気付かなかったし、てっきりミモザさんに本気だったのかと・・。
次は清四郎と悠理が思いを伝え合えるでしょうか。
回り道だったけど、幸せになるといいです。
魅録は、誰が慰めるんでしょうか。
やっぱり美童と飲み明しかな。

56 :名無し草:04/12/05 17:12:06
イヤン。静かですね。
クリスマスネタやりませんかー?
清四郎のサンタ姿ってマヌケそうでいいなぁ。
罰ゲームとかでやってくれないかしらん。
誰かの家に忍び込んで見つからずにプレゼント置いてくるとか。




57 :名無し草:04/12/05 22:36:56
クリスマスといえば…。剣菱のお屋敷では盛大なパーティーが催されそう。
サンタはもちろん万作さんでw
従業員にも、金銀財宝入りのプレゼントをバラまくイメージ。
(掛け持ちデートを抜けて、ちゃっかり美童もプレゼントタイムには参加?)
ついでに、影でこっそり男性陣が画策して、女子にミニスカサンタのコスを
着せようとかしてたら、高校生っぽくてかわいいなぁ。

58 :名無し草:04/12/05 22:54:30
お話中すみません。
『鬼闇』ラスト、うpします。
>>42の続きです。

59 :鬼闇(99):04/12/05 22:55:26
「本当に有難うございました。お礼の言葉もありません。町を代表してお礼申し上げます。」
家へ戻った六人全員の無事を確認し、正義は涙を流して喜んだ。
義正と志津子、菊江の他にも、佐々の家には御神体を貸してくれた神社の神主と祥子までもが集
まり、黙ったまま六人に頭を下げた。

菊江は六人に向かって手を合わせ、深く皺の刻まれた顔を一段と皺くちゃにしながら笑顔で迎え
てくれた。
「いかった、本当にいかった。お前さん方に何かあったら、わしゃ死んで詫びねばと思っとったよ。
ほんとに無事で何よりじゃ。」
そう言って何度も拝む菊江に、悠理がポンポンと背中を叩いた。
「ばっちゃん、死んで詫びるなんて縁起の悪いこというなよ。あたい達はこうして帰って来たわけ
だし。どうせばっちゃんは、あと何年もしたら黙っててもお迎えが来んだからさ。」

悪気はないのだ。
悪気がないのは充分承知しているのだが、あまりの言葉に清四郎は手加減しながらも、悠理の頭
をペシッと叩く。
「こら、悠理!!」
魅録と美童は絶句し、可憐と野梨子はフォローしようにも二の句が告げられなかった。

どんな雷が落ちるのかと焦りまくっていた5人は、菊江の大きな笑い声に拍子抜けした。
「ひゃっひゃっひゃ、嬢ちゃんの言うとおりだ。でもな、わしじゃってそう簡単にくたばりゃせんぞ?
わしのような年寄りが目を光らせておかんと、またこの町がどうなるかわからんからのぅ。なぁ、
正義?」
「そうですね。ですから、母さんも元気でいて下さいよ。」
二人の目は穏やかそのもので、悠理以外のメンバーはほっと胸を撫で下ろした。
「そうよ、おばあちゃん。」
「いつまでも元気でいて下さいな。」
可憐と野梨子は心の底から菊江にエールを送り、清四郎、魅録、美童の三人も笑顔を浮かべな
がら頷いた。
「ああまかしとけ。」

60 :鬼闇(100):04/12/05 22:56:23
菊江は満面の笑みを湛え、穏やかな空気が流れる中、悠理だけが頭を撫でながらブツブツと呟い
ていた。
「ほらみろ、ばっちゃんはそんなことじゃ怒ったりしないって。」

「義正さんにお願いがあるのですが。」
茶の間へと場所を移し、皆が座ったところで清四郎が口を開いた。
「何なりと。」
義正の顔を真っ直ぐに見据え、清四郎は言葉を続けた。
「今回の事件は僕達ではなく、皆さんが退治したということにして欲しいのです。」
「何と!」
義正の目が驚きで軽く見開かれた。

「僕達は一介の高校生です。ごく普通の毎日を送りたいんです。もし今回のことが表沙汰になって
しまうと、普通の高校生活を送ることが出来なくなってしまいますから。」
「そうそう、あたい達、まだまだ遊びたいこといっぱいあるんだ!マスコミなんかに追っかけられる
のはゴメンだからな。」
悠理も手をひらひらさせながら眉根を寄せた。
「そうよ、そんなことになっちゃったらプライバシーもなにもあったもんじゃないもの。」
可憐も冗談じゃないわよ、とばかりに顔をしかめる。
プライバシーに人一倍敏感な反応をしたのが、美童だ。
「僕もそれは困るなぁ。マスコミに彼女達のことが全部ばれちゃったら、吊し上げを食らいそう…」
「英雄視されるのもちょっとね。」
魅録が首をすくめ、野梨子がにっこりと微笑んだ。
「そうそう、気楽な学生でいたいのですわ。」

どうやら本気で言っているらしいことを悟った義正は、しばらく腕を組んで目を瞑った。
六人は命をかけてこの町を人々を救ってくれた。
何も出来なかった自分達がマスコミに追いかけられること位、なんの苦もないはず。
「皆さんがそう仰るのでしたら、我々で事を成し遂げたということにしておきましょう。」
義正は意を決すると、快く承諾した。

61 :鬼闇(101):04/12/05 22:57:17
「おっちゃん、あたい腹減って死にそう…。早くご飯食べさせて。」
悠理が今にも死にそうな声を上げてテーブルに突っ伏した。
義正が笑いながら立ち上がると、料理を持ってくるよう志津子に声を掛けた。
「では、早速準備させましょう。食べきれない用意してお待ちしていましたからね。皆さん、本当に
有難うございました。」
義正が再び頭を下げようとしたのを、野梨子が制した。
「やめて下さいな、鬼をやっつけたのはおじ様達ですわ。」
「そうですよ。僕達は桃太郎というお芝居をしただけですから。」
清四郎の言葉を皮切りに、皆が後に続いた。
「そ、俺が犬。」
「僕が雉。」
「あたしと野梨子がおじいさんとおばあさん。」
可憐が悪戯っぽく微笑んで、大団円…という時、ここでも異を唱えたのは、やはり悠理。
「だから、あたいは猿なんてヤダよぉー!」
そんな悠理に野梨子が微笑みを湛えたまま口を開いた。
「あら、ぴったりですわよ。」
「野梨子!」
悠理の抗議の声も空しく、佐々の家は皆の笑い声で溢れていた。

「悠理ちゃん、お待たせ。」
志津子が悠理を憐れに思ったのか、道子がお手伝いさんを連れ、沢山のご馳走をお盆に載せて
部屋に入って来た。
「やったーい!おっちゃん、最高―っ!」
「現金なヤツ…」
さっきまでの怒りはどこへやら、諸手を上げて喜んでいる悠理に、魅録は呆れた口調で呟いた。
テーブルの上には食べきれない程のご馳走が並べられ、今日ばかりは無礼講とばかりに義正は
取っておきの酒を開けた。
皆は浴びるほど飲み、たくさん食べ、そして今生きている喜びと実感を噛み締めていた。

62 :鬼闇(102):04/12/05 22:58:08
「お世話になりました。」
翌朝も澄み切った青空を迎え、快適なドライブ日よりとなった。
六人は積みきれない程の土産と荷物を車に乗せ、義正と別れの挨拶を交わした。
「青洲さんにも宜しくお伝え下さい。君達も日本海の幸が食べたくなったら、いつでもおいで。大歓
迎だよ。」
そんな義正の言葉に、昨日のご馳走を思い出したのか、悠理が飛び上がらんばかりに喜んだ。
「やったーい!」

「また、遊びに来ますね。」
「私もバカンスに。」
「僕は祥子さんに会いに。」
「次はダイビングもいいよな。」
「今度はカンゾウの花咲く頃に。」
清四郎を筆頭に、六人が銘々別れを告げ、車へと乗り込んで佐々の家を出た。
義正と志津子は、車が見えなくなるまで六人を見送っていた。
「…ありがとう。」
そして二人は見えなくなった車に深々と頭を下げた。

六人が乗った車と行き違いに、何台ものワゴン車が佐々の家の前に押し寄せてきた。
バタン、バタンと音を立ててドアを閉める音が響く。
「すみませーん、NTVの者ですが。」
「新潟新聞の者です。」
「すみません、週刊オカルト誌です。」
車から降りたリポーター達は一斉に義道の方へと駆け寄ってきた。

「何か御用ですかな?」
――早速来たか。
それでも六人が出た後で良かった、と正義はしみじみ思った。
「今回の殺人事件のことで、お話を伺わせて頂きたいのですが。何でも鬼が現れたとかという話を
聞きまして、是非とも取材させて欲しいのですが。」

63 :鬼闇(103):04/12/05 22:58:57
右手に新聞社の腕章をつけた中年男性がいきなり義正にマイクを突きつけた。
「鬼――ですか?」
「ええ、町の方々はそのように仰られていますが。どなたが退治されたのかと。」
「桃太郎です。」
義正は志津子と顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。
「はぁ?」
レポーターは予想もしなかった答えに、皆固まっている。
「ですから、桃太郎が現れたんですよ。犬、猿、雉を伴ってね。」

「ちょっと、冗談も大概にして下さいよ!」
レポーターにはそんな正義の答えをタチの悪い冗談にしか思えない。
――ちっ、大学の先生ともあろうものが、何をふざけている!

「冗談だと思うのですか?ならば、人間が鬼を退治出来ると思いますか?」
正義の表情は至って真剣で、レポーターはぐっと答えに詰まった。
「それは、そうですが…」
そんな彼らにお構いなく、正義は続けた。
「あっ、そうそう、ひとつ訂正します。桃太郎のお供は、犬、猿、雉の他にもお爺さんとお婆さんが
一緒でしたよ。」
皆が呆気に取られている中、義正ははっはっはと笑いながら志津子と共に家へと戻っていった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「そんな話はいいですから!」
「本当の話を聞かせて下さい!」
レポーター達の怒鳴り声だけが、夏の青空に響いていた。

64 :鬼闇(104):04/12/05 22:59:55
「はよーっ!」
悠理は車から降りると、野梨子と清四郎を見つけ、二人に向かって大きく手を振った。
「おはよう。」
「おはよう、悠理。今日も元気ですのね。」
悠理はあふぅと大きな欠伸をしながら答えた。
「寝不足だけどな。元気だけがあたいの取り得だし」。」
夏休みも終わり、今日は始業式というかったるいものがあるものの、勉強は嫌いだが学校が好き
な悠理は、こうしてきちんと登校してくる。
勿論、母、百合子に叩き起こされてだが。

「おはようございます、菊正宗様、白鹿様、それに剣菱様も。」
清四郎と同じクラスで副委員の喜久泉万里子と友人の桃川絵里香が声を掛けてきた。
委員会などで野梨子と悠理も面識はあるのだが、悠理はこの二人を苦手としていた。
何故ならば、万里子と絵里香から熱烈なファンレタ−を貰ったことがあるからだ。
「悠理様は夏休みをどのように過ごされましたの?」
野梨子と同じ位の身丈の万里子は、少し視線を上に移動させて悠理に問いかけた。
「えっとぉ…」
愛想笑いを浮かべながら答えに詰まる悠理に、清四郎が助け船を出した。
「僕達は小さな島で、倶楽部の皆と一緒に楽しく過ごしましたよ。」

「そ、そうなんだ。あたいたち、桃太郎ごっこして遊んでいた。」
そんな悠理の動揺にも気が付かないらしく、万里子は上目遣いで目をパチパチと瞬いた。
「相変わらず皆様は仲がよろしいですのね。剣菱様、今度は万里子達も誘って下さいね。」
悠理は困惑気味に曖昧な返事を返した。
「うん、考えておく…」
男共なら蹴散らせば済む事だが、万里子や絵里香のような女子はそういう訳にもいかない。
悠理ははぁと大きな溜息を吐いた。

「桃太郎といえば、佐渡の方で本物の鬼が出たそうで、皆様ご存知でした?」
唐突に万里子が口にした話は三人を一瞬で緊張させた。

65 :鬼闇(105):04/12/05 23:00:41
万里子の隣にいた絵里香もその話題に飛びついた。
「私もニュースや雑誌を見て驚きましたわ。佐渡にいる親戚に聞いてみたんですけど、本当らしい
ですのよ。」

最近ようやく下火になったとはいえ、この夏最大のニュースだった鬼来里の出来事は、マスメディ
アを大きく賑わせた。
一度義正から連絡があり、酷い目にあったと言っていた。
あの小さな村に連日のようにTV局や新聞や雑誌の記者が現れ、義正を筆頭にそれぞれの神社
の神主達もTV画面で窺い知ることが出来た。
結局のところ、真実は決して語られることは無かったし、警察も魑魅魍魎の類のこと、そんなこと
が正式発表されるわけもなく、鬼に殺された人々は曖昧なままの事故死ということになった。
それでも、人の口に戸は立てられず、と良く言ったもので、ワイドショーはこぞって鬼の出現を報じ、
霊能者と呼ばれる人達が忙しい毎日を送っていたようだ。
そんな世間を賑わせたこのニュースが、生徒同士が久しぶりに顔を合わせる今日、話題が上るの
は当然のことと言えよう。

「まぁ、鬼ですの?」
野梨子が驚いたように声を上げた。
「ええ。でも、地元の皆様で退治されたそうですが、菊正宗様はどう思われます?」
流石にこの手の話題を悠理に振っても答えが返ってこないと思ったのか、万里子は清四郎へと矛
先を変えた。
「昨今の時代に鬼と言われましても…。信じろという方が無理でしょうね。」
清四郎は腕を組み、真剣に考える振りをする。
「そうですわよね、菊正宗様の言うとおりですわ。」

頷きながら同意する万里子に、絵里香が反論してきた。
「でも、地元の神主さんやら皆様で、鬼の力を封じて退治したと聞きましたわ。」
清四郎はほぅと感嘆の声を上げ、しみじみと語った。
「それは凄い。本物の鬼を退治するなんて、僕にはとても無理ですよ」
二人には気付かない清四郎の含みのある言葉に、野梨子と悠理は隣で静かに微笑んでいた。

66 :鬼闇(106):04/12/05 23:01:39
「あっ、万里子さん、私、先生に早く教室に来るように言われていましたの。」
絵里香が思い出したように腕時計の時間を確認し、万里子へと顔を向けた。
「では、私達、お先に失礼しますわね。」
そう言って足早にかけていく二人を眺めながら、悠理がポソっと呟いた。
「お前ら、役者だよなぁ。」

「それよりも、悠理は夏休みの宿題、全部終わりましたの?」
野梨子の質問に対し、悠理ではなく、清四郎が口を挟んだ。
「僕がみっちり面倒を見ましたからね。」
清四郎の鬼のような家庭教師ぶりを思い出し、悠理は顔をしかめた。
「三日前からずーっとだじょ。昨日なんか夜遅くまでやらされたんだからな。あーあ、眠ぅ。」
ふぁーと悠理は再び大きな欠伸をした。

「まぁ、よく頑張りましたのね。では悠理、手を出して下さいな。頑張ったご褒美ですわ」
野梨子は手提げ袋の中をごそごそとかき回した。
「えっ、何かくれんの?」
悠理の目が喜々として輝き、眠気が一瞬にして吹っ飛ぶ。
「はい、どうぞ。」
野梨子はそう言って悠理の掌に包みを乗せ、少々重量感のあるそれに悠理は首を傾げた。
「何だこれ?」
「何って、ご褒美はきび団子に決まってますでしょ?お猿さん?」
野梨子はにっこりと微笑んだ。
「しつこい!」

ぷぅと頬を膨らませる悠理に、野梨子はクスクス笑いながら話を続けた。
「お弟子さんの一人が実家へ帰られたお土産だって、昨日持って来て下さいましたのよ。岡山でも
有名なお菓子屋さんのもので、お祝い事にも使える珍しい紅白のきび団子ですって。」
「いい加減、猿から離れろよ!それに…」
これだけは言っておかなくてはと、悠理は声を大にした。
「あたしは一つじゃやだってーの!」

67 :鬼闇(107):04/12/05 23:02:57
「おはよー。あら、悠理、何を拗ねてるの?」
プンプンむくれている悠理に声を掛けながら、可憐が近づいてきた。
「おはよー。」
「うっす。お前、朝からなに怒ってんだ?」
その後から美童と魅録が現れ、清四郎が呆れた様子で口を開いた。
「悠理が、きび団子一個じゃ足りないってごねているんですよ。」
「また食いモンのことか。」
「まぁったく。」
「だね。」
呆れたように、魅録、可憐、美童が呟いた。
「大丈夫ですわ、悠理。まだまだ沢山ありましてよ。」
そんな悠理をなだめるかのように、野梨子が箱ごと取り出してみせた。
「ほ、ホントか?」
再び悠理が目を輝かせた。

「ねぇ、野梨子、僕にも分けてよ。あっちで貰い損ねたし。」
野梨子が蓋を開けると、美童の腕がにゅっと伸びて菓子を摘んだ。
「俺、甘い物苦手なんだけどな。」
そう言いながら魅録も手を差し延べ、一つだけ手に取った。
「珍しいぎびだんごですね。僕も頂きます。」
そして、野梨子の隣に立つ清四郎も包みを手に取った。
「あら、清四郎、桃太郎は食べる方ではなく差し上げる方ではありませんの?」
珍しく菓子を手にした清四郎を見上げ、野梨子はクスクス笑った。
「僕だって相応に働きましたから、褒美を貰ったってバチは当りませんよ。」
「あたしにも頂戴。朝ご飯、食べそこなったのよね。授業中に、お腹が鳴ったら恥ずかしいし。」
可憐までもが箱からきび団子を取って行く。
目の前で菓子が次々と消えていく事態に、我慢ならなくなった悠理が大声を張り上げた。
「お前ら、あたいの褒美を横取りするなーっ!!」
悠理の雄叫びと皆の笑いに満ちた、平和な夏の朝だった。

          【終わり】


68 :名無し草:04/12/05 23:04:02
ようやく『鬼闇』を終わらせることが出来ました。
オカルトな上にマニアックな話でしたが、読んでくださった方、スルーして下さった方、
共に有難うございました。
誤字や言い回しなど間違いも多々あったかと思われますが、お許し下さいませ。
又、暖かいレスを頂いた時は、とても励みになりました。
重ねて御礼申し上げます。

69 :名無し草:04/12/05 23:05:52
>鬼闇
リア遭うれしいw
とうとう完結しましたね。お疲れ様でした。
最後は野梨子がきっちりまとめてくれて、なるほど、という感じです。
皆にご褒美を与える役、すごく似合ってます。

70 :名無し草:04/12/06 10:23:30
板移転に気づかなかった。

>鬼闇
連載終了お疲れさまでした。
歴史もからめた読み物で、さらに登場人物が有閑らしく活躍していて
とても楽しかったです。
紅白のきびだんごってあるんですね。食べてみたいw
次の連載をお待ちしてます!

71 :名無し草:04/12/06 19:27:57
鬼闇さん、すてきな小説をありがとうございました。
毎回楽しみにしていました。
次回作も楽しみにしています。

72 :秋の手触り[135]:04/12/06 20:00:41
>>25

 ――高田敏正。
 開発部にある研究室の室長である。
 研究員の引き抜きや重要な書類の紛失が相次いだとしても、豊作は彼を疑うこと
はなかった。高田は熱心な研究員たちをよく束ね、上司・部下を問わず、誰からも
信頼されている社員である。しかも、先日新プロジェクトを立ち上げたばかりである
加瀬の良き理解者にして親友のはずだった。誰が彼を疑うというのだろう。
 だが同時に魅録は知っていた。
 大人というものは複雑で、とても弱いものだということを。
「そうか。室長そのものが裏切っているなら、そりゃ裏かかれまくって当然だな」
 豊作と魅録の複雑な胸中を知らない八代は、あっさりとそう言った。
 確かに室長ともなれば、何だって出来るだろう。
「しかし引き抜きはともかくとして、機密資料の持ち出しは犯罪だろう。コンピューター
ウイルス云々もそうだ。そこまでやるだろうか」
 豊作が思案げに言う。今は警察に届け出てないが、もし当局の手が入った場合、
犯人が発覚する可能性はもちろんある。研究員としてそれなりに順風満帆である
彼が、そこまでの危険を冒すだろうか。
 研究室に繁く通い、高田には期待していたことから、豊作の胸中は揺れ動いて
いるようだった。
 するとそれまで口を噤んで話を聞いていた清四郎が、はじめて発言した。
「話を整理しましょう」
 紙を取り出して、ボールペンでさらさらと書き出す。
「分からないことがいくつかあります」

 (1)黒幕は誰か
   1.今井メディカルと反専務派のどちらが主体となって動いている陰謀なのか。
   2.反専務派の筆頭が社長でないのなら、誰か。 
     もし高砂常務が黒幕である場合、なぜ彼は裏切ったのか。
 (2)経理部長の金の出所は何処か
 (3)実際に機密資料の紛失やコンピューターウイルスに関わった人間は誰か。
    また誰の指示か。

73 :秋の手触り[136]:04/12/06 20:01:24
 つい二時間前に参加したばかりなのに、もう大筋の状況を理解している清四郎
に魅録は舌を巻いた。
 やはりこいつは侮れない。
 ただつるんでいるだけなら頼もしい仲間であるが、一歩引いて彼の大人びた横顔
を見たときに胸を焼く焦燥を、なかったことには出来なかった。
 魅録はすっと目を逸らす。
 ――脳裏に、彼の名を縋るように呼んだ悠理の声が蘇って、消えた。
「高田さんとやらの裏切りの理由も個人的には気になるでしょうが、とりあえず大局
には影響しないと思うので真相の追求は後回しと言うことにしませんか」 
 清四郎の淡々とした声を聞きながら、魅録は胸中で呟いた。――理由など決まっ
ている。あらためて探るまでもないだろう。
 今の魅録にならば、それが容易く想像することが出来た。

『頑張れよ。お前は俺たちの期待なんだからさ』
 そういいながら、高田は加瀬を羨望の眼差しで見ていた。
 きっとそれが答えだ。
 
 +  +  +

 これからの方針について話を固めたあと、今夜は解散することにした。
 しかし魅録と悠理だけは当初の予定通り仕事が残っている。
 行きはラゴンダだったが、目立たない黒の国産車に乗り換える。同時に服も黒の
タートルネックにジーンズに着替えた。
 これから何人かの家に忍び込み携帯にGPS付きの盗聴器を仕掛けることになるが、
魅録には他にもやりたいことがあった。
 他でもない高砂常務と高田研究室長の調査である。
 長い夜になりそうだった。

74 :秋の手触り[136]:04/12/06 20:02:04
「ふーん。趣味いいじゃん」
 当初の予定を消化し終わったときには午前二時を過ぎていた。もともと宵っぱり
である魅録と悠理はさほどの疲れもみせず、現在高砂常務の家の前にいる。
 悠理の呟きどおり、最後に忍び込んだ経理部長の家は成金趣味も甚だしかったが、
高砂常務の場合はさりげなくではあるが上質な素材で建築された洋風二階建て
住宅であり、品が良い。
「じゃ、さっそく入るとするか」
 バックパックに忍ばせた七つ道具を出して、魅録はすっと家に偲びよった。
 ざっと玄関周囲を覗いただけで、警備会社と契約しているのはすぐに分かった。
どこまでの警備か確認するために塀の周囲を歩く。どうやら一般のご家庭とさほど
変わらない警備内容のようであり、庭への侵入は問題なく出来そうであった。
 センサーのリードを切ったあと、念のため口元を隠して悠理とともに塀を乗り越える。
 一階は全て消灯されていた。代わりに二階は一室だけ明かりがついている。
 勝手口に回ると、扉に取り付けられたセンサーを調べてみた。
 ――運がいい。
 原理はリードとマグネットで出来ている簡単なセンサーであった。魅録はドアの
隅間に特殊な金板を差込み、センサーの発動をさけると、振動しないようにゆっくりと
鍵破りを試みる。
 カム送りという方法を用いて開錠するまでに三分。扉を実際に開けるのに一分。
 背後で悠理が関心するような、呆れるような吐息を漏らした。きっと警備総監の
息子が犯罪者の真似事なんて、などと思っているのだ。確かに褒められたことじゃあ
ないよな、と内心で同意し、魅録は苦笑する。
 もしここで自分たちが捕まれば、そのまま豊作の立場が危うい。それどころか、
会長である万作にも大きな影響を与えてしまうだろう。こういう手は、本来は上策とは
言えない。しかし。
(俺たち有閑倶楽部では、これが定石だよな)
 極めて政治的な手段で勝負に臨むことも出来た。徹底的に戦うことを決意さえすれば、
豊作にはそれが出来ただろうし、自分も手伝えることはある。八代や清四郎といった
切れる人間の助けもある。

75 :秋の手触り[138]:04/12/06 20:02:48
 しかし、それでは将来に禍根を残すだろう。中途半端な勝負の仕方は自分たちには
相応しくないし、そもそも出来ない。卑怯な手で攻撃されたならば、それ以上の手で
徹底的にやり返す。それが自分たちの流儀である。
 魅録と悠理は静かに侵入する。一階を物色するが役に立ちそうなものはなく、家人が
いる二階への侵入を決意した。念のため催眠スプレーを用意しながら階段を登るが、
運良く誰ともすれ違わなかった。
 廊下には四つの扉があり、電気の消えている部屋を選んで扉をあけた。寝室である。
 ふたつある寝台のうちの一つに中年の婦人が休んでおり、おそらく常務の妻であると
検討をつけた。となると、明かりのある部屋にいるのは常務本人。おそらく書斎か何か
にこもっているのだろう。
 魅録は充電器に差してある携帯電話を見つけ、にやりと笑う。
GPS付き盗聴器を仕掛けるとともに、モバイルをバックパックからとりだし、メモリーと
着信履歴を吸い出した。
 ――とそのとき。
「ううん……」
(!)
 婦人が寝返りを打ったため、ぎくりとふたりは硬直する。
 カチカチカチという時計の秒針の音がやけに大きく感じる。心臓が脈打つ音まで聞え
そうであった。
 息の詰まるような緊張の中、しばらく息を潜めていた。しかし彼女はそのまま起き出す
様子はなく、ほっと安堵の吐息を漏らすと、ふたりは作業を続行した。
 魅録が携帯電話を探っている間に、悠理はクローゼットをあけ、掛けられているスーツ
のポケットに手を突っ込み、中を物色する。

76 :秋の手触り[139]:04/12/06 20:03:52
 今日、彼がパーティーで着ていたスーツを見つけて調べてみると、内ポケットに牛革の
名刺入れを見つけた。
(ああ、これは中村のおっちゃんだな、これは井村……)
 知った人間がちらほらと混じっている。しかしながら当然、大半は知らない名前である。
 それらの名刺の束を眺めるともなく眺めていた悠理は、ふと眉を潜めた。
(……今井メディカル社長・新井雄二……?)
 今井メディカルと剣菱精機は、ライバル会社でしかない。何かしらの取引があるとも
豊作からは聞いてない。
 敵の名刺を持ってるなんて、やっぱり高砂常務は黒じゃないか――と兄のために憤り
ながら、悠理は苦い顔でその名刺をポケットに仕舞い込む。
 悠理は今井メディカルという会社についてよく知らない。それどころか、剣菱精機という
兄が専務をつとめる会社についてもあやふやである。だが今やすっかり今井グループ
全体について敵愾心を持っていた。
 兄が受けている攻撃だけでなく、今井グループの令息に迫られたという不快感もあって
の感情である。
 次にクローゼット内にあるチェストを探っていると、引き出しの底が重構造になっている
ことに気がついた。不思議に思ってはがしてみると、そこにあるのは紙切れ一枚。
 これなんだ、と魅録に視線で問うと、彼の表情が驚愕に満ちているた。
(株の売買の明細書だ。それも今井メディカルの)
 ライバル会社の多額の株券を持っているのは何故か。
 ――インサイダー取引。
 何の根拠もないひらめきであった。
 しかし、魅録の脳裏で急速に事件の全体像が結ばれていく。
 家に帰ったら、さっそくアレとアレを調べなくちゃな、と興奮気味にそう思った。
 まさにその瞬間だった。
 ガタン。
 隣室で、扉を開ける音がした。 ツヅク

77 :名無し草:04/12/06 22:52:12
>秋の手触り
おお!ドキドキの事件展開!!
二人と同じように、心臓がドキドキしました。
豊作さんは、裏切られて辛いでしょうが、きっと倶楽部のメンバーが何とかするでしょう。
そして八代氏の動向も気になります。

78 :名無し草:04/12/07 14:19:12
>鬼闇
映画のような、広がりを感じる
小説だと思いました。

大変、おもしろく読ませていただきました。
作者さま、お疲れ様でした。

79 :名無し草:04/12/07 18:13:20
>鬼闇
お疲れ様でした。原作のスケールが大きかった頃を思い出し、
とても懐かしい感じがしました。
最後まで桃太郎にこだわるところなんか「そんな感じ、
そんな感じ」と頷いてしまいました。
次回作、楽しみです。

>秋の手触り
おおう。話が急展開しそうですね。
しかしよく悠理が静かに魅録の手伝いができるもんだとか
考えてしまいました。花瓶を割るとかドジ踏みそうなのに。
えらいぞ!悠理!

80 :名無し草:04/12/08 21:11:01
嵐さんのところの30万hit祭について、まゆこスレで
意見募集中です。よろしく!

81 :名無し草:04/12/08 21:30:49
なんかしたいねー。

82 :秋の手触り[140]:04/12/09 00:06:34
>76

「華子。まだ起きているのか?」
 電気はつけないまま、高砂が妻に問う。クロゼットの隙間から見える彼は、パジャマの
上からナイトガウンを羽織っている。昼間はまだ暖かったが、確かに今夜はやけに冷え
込む。もうすぐ十月になるのだ。
(なんて考えている場合じゃなくて)
 埒もない考えに逃げそうになるのを叱咤しつつ、魅録はもし高砂がクロゼットを開けた
場合どうするのかを考える。――どう考えても、問答無用で出会い頭に殴り倒すか、
催眠スプレーを吹きかけるしかないだろう。ふたりとも彼に顔は割れているのだ。彼が
そのまま眠った場合は、そのようなことをせずにすむのだが、それでは彼が完全に眠りに
つくまでここに押し込められることになる。
「なんだ……気のせいか」
 腑に落ちないといった声ではあったが、一応納得したらしい。しばらくしたのち、衣擦れ
の音がした。高砂はそのまま寝ることにしたらしい。
 当然である。もう夜中の二時なのだから。
 しかし。
(あ―、最悪)
 暗くなる思考を誤魔化すために、胸中での呟きは軽い口調である。しかし、この状況は
いかんともし難い。なんせ――小柄な悠理の身体を、うっかりと腕の中におさめてしまい
そうになるぐらいに、クローゼットの中は狭い。無理な体勢のまま、硬直している。
 胸が苦しい。沖に打ち上げられた魚のごとく、魅録は咽喉をのけぞらせて上を向くと、
喘ぐように呼吸した。
 何度、彼女を抱きしめたか知れない。彼女から抱きつかれたことだって何度もある。
 けれど今、クロゼット内のパイプ棒に無理やり置いている手を、悠理の背中に回すこと
ができない。どうしてもできない。
 冷えた夜の空気の中、温かく柔らかな肌の匂いがした。

83 :秋の手触り[141]:04/12/09 00:07:35
 一時間後。
 ようやく高砂が完全に寝入ったという確信が持てて、ふたりは脱出を果たした。
 疲労困憊で車の中に戻ったふたりは、思いっきり伸びをする。
「どーする、この後……」
「あたい嫌だぜ、これ以上動くの」
 兄のために、目覚しい働きをしてきた悠理もきっぱりと断る。もともとパーティーで疲れて
いた上に、数々の家に侵入した作戦行動――最後に一時間クロゼットの中に閉じ込められ
たことが止めをさした。
「だよなぁ」
 うんざりと魅録も同意した。彼の場合、特に最後の一時間のダメージが濃厚であった。
 残すは高田の調査である。もちろんこれは当初の予定にはなく、後からオマケで組み
入れたものだ。消化しなくても別段困らない。
 数時間前、清四郎が指摘したように、彼の裏切りは精神的には大事ではあっても、今回
の事件全体からみれば些細な出来事である。剣菱という大企業からすれば、たかだか
グループ会社の中の室長のひとりなど路傍の砂に過ぎない。これは剣菱精機内に終始する
争いではない。果ては剣菱グループの会長になろうという豊作の失脚を狙った、造反劇
なのだ。
 それでも自分は剣菱の社員ではない。豊作を助けるのも個人的なことからである。つまり
は完全に利己的な理由からはじめたことであり、これからもそういうスタンスを持ち続ける
つもりである。少しでも関わったことは、全部詳らかにしたいと思ったっていいだろう。
「うーん、別の日にするかぁ? 早めに調べておいた方がいいんだろうけど、今日全部一片
にしないといけない理由もないし」
 魅録が妥協案を示すと、悠理が力ない声で言った。
「さんせぇ」

84 :秋の手触り[142]:04/12/09 00:09:59
 借り物だった車を持ち主に返すため、一旦寄り道することにした。そこでラゴンダに
乗り換えて、悠理を剣菱家に送り届ける。当然、魅録の足が無くなるので、今晩は
泊まらせてもらう予定だ。もう夜中の3時である。
 因みに借りたのは『Growth ache』のマスターである。数多い魅録のダチの中で、
目立たぬ車に乗っているのが彼だけだったという笑い話がついてくる。
 広くもあり深くもある交友関係をもつ魅録ではあるが、相手は良くも悪くもあくが強い。
「さんきゅー、マスター。車、車庫に入れといたから」
「おー、ちゃんとナンバープレートも元に戻しとけよ」
「心配するなって。もうちゃんとしておいたから」
「これでも真っ当に働いてるんだ。サツに御用なんてことゴメンだからな」
 言葉ほどには迷惑そうではない笑顔でマスターは出迎えてくれた。
 店にはもう客がいない。きちんとした閉店の時間の決めていないこの店は、明け
方まで営業してることも珍しくはないが、今日はもう片付けに入っているようだった。
「で、その子の名前、まだ聞いてないんだが」
 自慢の口髭を撫でながら、マスターが悠理に視線を注いでいる。そういえば、車を
借りにきたとき、紹介するのを忘れてた、と魅録は頭をかいた。
「前に話した悠理だよ」
「ああ、元気なお嬢さんか」
「おっちゃんの名前は?」
 悪気無く悠理がそう聞くと、永遠の少年を自称するマスターは傷ついたようだった。
だが気を取り直して、微笑んだ。
「俺のことはただ、マスターと呼んでくれたらい――」
「あ、大和田っていうんだ」
 決め台詞を、あっけらかんとした魅録の言葉に遮られ、マスターはいじいじと床に
指で文字を書き始めた。愛すべき厄介な大人である。一人娘に「お父さんキモイ」と
言われる日は近い。

85 :秋の手触り[143]:04/12/09 00:14:12
「大和田さんか。よろしくな」
「……よ、よろしく。まあせっかくだからなんか飲んでいってくれよ」
 にこにこと悪気なく笑っている悠理に、よろよろと立ち上がるとマスターは苦笑しな
がら勧めた。
 飲酒運転を容認するなんて不良中年め、といいながら、ちゃっかりと魅録もカウンター
席に座る。もともとザルで、全くといってアルコールが効かない体質なのである。もち
ろん違法である。
「じゃあ、あたいモスコミュール」
「俺はジントニック」
 それぞれオーダーしたあと、まったりと一息つく。マスターもオーダーを受けた後は
無駄口を叩かず、仕事に専念していた。
 居心地のよい70年代のイギリスロックが店内に流れている。時を止めたような
この店をつくった理由を魅録はマスターに尋ねたことはない。
 いつか話してくれるだろうかと思いながらマスターの背中を見ていた魅録は、ふと
隣にいる悠理がやけに大人しいことに遅まきながら気がついた。
 よく考えてみると、ずっとこんな調子だったような気がしないでもない。
 いつからだ?
 遡るようにして思い起こしてみると、ふと今井昇一の一件にあたった。
 苛立ちが魅録の中で渦巻いた。
 清四郎への嫉妬ではなかった。強く彼を思っているくせに、まったく表に出さず一人
で抱え込んでいる悠理に対してだった。
「元気ねぇな」
 呟くと、自覚のない悠理は一瞬何を言われたのか分からないような顔をした。
「ん。ちょっと疲れたからかな」
 平気な顔をして、そんなことを言う。1ミリほども嘘の匂いがしない。そういった自然
さだった。

86 :秋の手触り[144]:04/12/09 00:15:32
 元気だけが取り柄の単純な人間だと思い込んでいた。もちろんそれは正しくはあるだ
ろう。自分たちに見せている姿が偽りなどとは、魅録も思わない。それでも悠理もまた、
少女なのだ。魅録が到底理解することのできない少女という生き物なのだ。
「嘘をつけ」
 容赦なく魅録はそう言った。
 あけっぴろげな笑顔の下で、単純な言動の裏で、心をがちがちに武装している悠理が
ひどく苛立たしく、どうしようもなく愛おしかった。
 雫を垂らすような沈黙が落ちた。
 マスターがステアする音がカラカラと響いた。静かにグラスにジントニックが注ぎ込まれ、
悠理のオーダーしたモスコミュールとともにカウンターにそっとおかれるまで、彼女は何も
言わなかった。
 マスターは無表情に皿を洗い始めた。
「なんで……」
 悠理は取り繕うことを忘れたように、途方にくれた顔をしていた。笑ってしまうほど
子供っぽい表情だった。だからこそ魅録は笑えなかった。
 俺にはそんなふうに心情を吐露することを自分に許したとしても、清四郎の前だったら
お前は笑顔という名のポーカーフェイスを守るのだろう。
 魅録はただ、くしゃりと悠理の髪を掻き混ぜた。
 悠理はただ口を噛み締めると、涙を堪えるようにして下を向いた。収まりの悪い亜麻色
の髪が、魅録の指から零れてその横顔を隠した。

          ツヅク

87 :名無し草:04/12/09 01:01:38
>秋の手触り
立て続けの更新、とてもうれしいです。
悠理の想いも、魅録の想いも、どっちも胸がキュンっとなりますね。
どちらの恋も叶えてあげたいけど…どうなるのでしょう。
清四郎のクールさが辛いですね(悠理の気持ちに気付いてないとはいえ)。
じれじれしつつ、続きをお待ちしておりまする〜。
…ついでに、決めゼリフを攫われた大和田マスターに乾杯w


88 :名無し草:04/12/09 01:02:07
あげちゃいました。ごめんなさいっ。

89 :名無し草:04/12/09 02:59:27
>秋の手触り
マスターが可愛くて笑ってしまいましたw
バックボーンを知りたくなってしまうような、
持って行き方がうまいなーとも。
悠理と魅録、それぞれの想いが切ないです。

90 :名無し草:04/12/09 23:04:20
>秋の手触り
マスターって何者なんでしょう。
魅録の友人らしいといえば、これほどらしい人もいないような気がします。
悠理の気持ちが、いつか叶うといいなと思います。

91 :名無し草:04/12/10 01:13:30
>秋の手触り

悠理も魅録も切ないですね・・・。
夏の匂いの清四郎も切なかったし、忘れがちだけれど、
可憐も美童のことを思っているんですよね・・・。

心の中で思わず「切ないシリーズ」と銘打ちたくなりました。

92 :秋の手触り[145]:04/12/12 20:17:15
>86 連投すみません

 悠理がかすかに肩を震わせた。
 追い詰めるのは本意ではない。慰めるほど思い上がっているのでもない。悠理は
自分ですべてを決めて、毅然と自分の感情と向き合っている。魅録は掛けるべき言
葉を持たず、そっと彼女の頭を撫ぜた手を離した。
 こんなふうに静かな時間を彼女と過ごしたことはない。悠理との友情は常に喧騒
とともにあった。
 物騒な都会の裏路地で出会った。はじめて見たときは制服のタイツを破き、次に
会ったときは頬に傷を作っていた。きらきらと楽しげに輝く瞳は翳りを知らず、
また会いたいと強く魅録に願わせた。
 こんな彼女は知らない。
「もう遅い。帰るぞ」
 短く言って立ち上がった。頷いて、悠理もまた少し俯いたまま立ち上がる。視線
の先で、半分ほども減っていないカクテルがはじけた。
 男友達のように思っていた。それでも薄暗い照明の下で頼りなげに佇む悠理は、
いまや少女以外の何物でもなかった。
 逆説的のようだが、悠理はこの脆さを隠し通すことが出来るほど強かったのだ。
 魅録は思わず目を逸らす。そのままなおざりな挨拶をして店から出ようとした
魅録をマスターが呼び止めた。
 振り向くと、殊の外真摯な眼差しに出会い、魅録は立ち止まった。
「頑張れよ」
 思わず絶句した魅録にGrowth acheのマスターは少し笑って、カウンター越しに
その肩を叩く。魅録は唇を軽く噛むと、黙って頷いた。

93 :秋の手触り作者:04/12/12 21:46:53
すみません。
アップ途中で突然、2chに書き込めなくなりました。
書き込めるようになるまで、続きは少しお待ちください。
(この書き込みは、レス代行スレの方の善意で書いてもらっています)

94 :秋の手触り[146]:04/12/13 23:13:33
 少年少女たちが店の扉の外へ出て行くと、マスターは静かな笑みを浮かべたまま
煙草に日をつけると、店内の音楽のボリュームを下げた。
 感傷に溺れそうなこんな夜は、思い出の曲も遠ざけるべきだ。
 そのままカウンターに寄りかかって、紫煙の流れるその先を見つめる。
 語るべき言葉はない。回想する過去ももはや遠い。人生も半ばに差し掛かっている。
 自分は大人になったことを悔やむこともできないほど、あたりまえに大人になってし
まった。誰にもその流れを止めることはできない。
 魅録が抱える痛みが、純粋に恋ゆえのものなのか、自分には分からない。成長の
過渡期にある痛みであるのならば、いつかは感じなくなるだろう。――あたかも遅す
ぎる成長痛のように。
 マスターは灰皿に煙草を押し付けると、自分のためにシェイカーを振った。まだ未成
年だった彼に、今は亡い年上の女性が作ってくれたノンアルコール・カクテル。
 ――今はきっと、彼女よりも上手に造ることが出来る。
 甘ったるいその味を不服に思ったくせに、そのアジアンブルーの液体に、あとから
どんな酒を足しても満足のいく味になることはなかった。結局同じレシピのまま、
konflikt(葛藤)という名をつけて、店に置いている。
 分かっている。時は止まらない。

95 :秋の手触り[147]:04/12/13 23:14:05
 疲れたような溜息を漏らしたのち、助手席の悠理はうとうととし始めたようだった。
 ラゴンダに乗り換えたふたりは、剣菱邸に向かっている。
 もう朝は近い。それでもあと数日で十月になる空は、まだ闇の只中にある。今年は
例年になく寒い季節になるのだという。もんの少し前までは残暑を強く残していたとい
うのに、一度夏が去るとあっという間に秋となってしまった。
 夏には何も感じなかった。悠理が女らしくなったという仲間の言葉に、首を傾げた
だけだった。
 あのころの自分は、ほんの一ヶ月のちにこのような感情に振り回されることなど考
えもしなかった。いや――たった一日前まで、魅録は信じていたのだ。悠理と自分の
関係はずっと同じように続いていくのだと。
『俺もやっぱり長い付き合いの女は、女に見えないな』
 Growth acheで、魅録が親友たちに言った言葉である。
 それに対して美童が言った台詞が忘れられない。
『いくら友達でもさ、やっぱり僕たちは男で、彼女たちは女なんだよ』
 もはや指摘されるまでもない。友情を逸脱しようとしている自分に気づかぬわけに
はいかなかった。
 悠理の寝息を聞きながら、魅録は黙って車を走らせる。
 今しばらく。
 この感情に名をつけずに、胸にとめておこう。
 思いもよらなかった自らの臆病な心に、魅録は胸をかきむしりたいほどの葛藤を覚
えた。

96 :秋の手触り[148]:04/12/13 23:14:54
 しらじらと空が白み始めるころ、ようやく到着した。
 インターホンで広大な剣菱邸の入り口を開門してもらうと、車で敷地内にまで入る
。母屋となる一番大きな建物の前に横付けすると、助手席で眠りこけている悠理を
起こしにかかった魅録であるが、起きる気配がまったくない。仕方なく悠理をサイド
シートから抱き上げる。
 煙るような肌の匂いに、高砂家での一件を思い出して、やるせなくなった。
 友人である彼女にそのような感情を抱くことに罪悪感すら感じながら、つとめて意
識しないように彼女を運ぶ。
 ちょうど扉の前までついたところで、重い瞼を擦りながら、メイドのひとりが迎えに
出てきた。「松竹梅さま、お嬢様をありがとうございます――ささ、お嬢様。どうかお目
覚めになって」
 促すが、一向に目覚めない。魅録は苦笑いを浮かべると、自分が運びますからと
申し出た。自分ひとりで悠理を寝室まで連れて行く自信がなかったメイドはほっと安
堵して、申し出を受けた。
 悠理の寝室には数え切れないほど足を運んでいる。案内もなしに、魅録は彼女を
抱えて歩いた。
 それにしても呆れるほど広い部屋だ。ひとくちに悠理の部屋といっても、何室もあり
、その一番奥が寝室である。本来なら男性を通すはずのないところであるが、彼女
はそういった恥じらいをみせたことはない。
 悠理をベッドに寝かせると、起こさないように布団をかぶせた。今日は彼女も自分
もくたくたに疲れきっている。サボって、放課後だけ倶楽部に顔を出すことにしよう。
 そう思ったところで、バルコニーの方から朝日が差し込んできた。
 魅録は口元に笑みを浮かべると、悠理に向かってお休みと言って立ち上がった。

              ツヅク

97 :秋の手触り作者:04/12/13 23:16:19
連投のうえに、変なところでうpが止まってしまってすみません。


98 :名無し草:04/12/14 09:52:06
秋の手触りの作者さま

うpお疲れさまです。
続きを待っていました!



99 :名無し草:04/12/14 22:55:29
>秋
うぉぉぉ〜! 胸をかきむしりたい程、苦しい〜!
魅録がついに悠理への自分の想いに気がついてしまいましたね。
悠理が清四郎に恋していると感じた時から、
彼の心理がとても細かく書かれていて、ため息です。
連続して読めてうれしいです。続きをお待ちしています。

100 :名無し草:04/12/15 11:45:29
>秋の手触り
魅録の戸惑いや心情がすごく伝わってきます。
彼がこの先自分の気持ちにどう向き合うのか・・・
続きを楽しみに待ってます。

101 :悠理と清四郎 呪文編:04/12/19 03:53:25
悠理と清四郎うpします。

http://houka5.com/yuukan/short/cpsei/s16-605.html

時間設定は、クリスマス編の1年後(次の年の年末)です。

102 :悠理と清四郎 呪文編(1):04/12/19 03:54:23
                  ○

 悠理。一つ提案があるんですが。

 うん?

 僕と悠理の間だけで通じる言葉を作りませんか。
 二人だけにしかわからない秘密の言葉。

 ……秘密の言葉? なにそれ。

 ずっと思ってたんですが、悠理は自分の気もちを表現するのが得意ではありませんよね。
 ときどき、僕には悠理が何考えているかわからない。

 ……そっか。

 たぶん悠理の中にはいろんな気もちが複雑に混ざっていて、
 それをうまく説明できない、そんな気がするんです。
 だから、うまくいえない気もちを一言で言える言葉を作ろう。

 ……どんな。

                  ○


103 :悠理と清四郎 呪文編(2):04/12/19 03:54:54
除夜の鐘が続いている。
初詣に向うのか、寒さなどみじんも感じていないような笑顔のカップルが腕を組んで
悠理の横を通り過ぎる。
一陣の風が吹いた。凍てつくような空気に悠理は身をすくめる。
ズボンを履いてこなかったのを後悔した。
セーターにダウンジャケット、ミニスカートに分厚いタイツを履いた悠理の足に
しんしんと寒さが這い上がってくる。
くしゃみをしそうになった悠理の後ろから声がした。

「ずいぶんと軽装ですね。見てる方が寒くなりそうだ」

棘のある相手の言い方に悠理はムッとする。
振向くと和服にマフラーを巻いた清四郎が腕組みをしながら立っている。

悠理が何か言うより早く、すっと前に立って歩き出した。
「行きましょうか」
待たせましたね、でもなく、待ちましたかでもなく。
しかたなくついて歩き出したものの、以前のように温かい言葉を期待していた自分が
悲しくて鼻がつまった。

下駄がカラコロカラコロ冷たい音を立て、足早に悠理の前を歩いていく。
後ろから、時折小走りになりながら上着のポケットに両手を突っ込んだ悠理が追いかけていく。

空中に白い息を吐きながら、悠理は喧嘩した原因を思い出そうとしてやめた。
原因なんてあるようでなかった。
そもそも喧嘩した、という言い方は適当ではない。
ここのところずっと二人の間に何かモヤモヤとしたものが挟まっていて、
お互いに不満を持ち続けているような、ずっと喧嘩しているようなものだ。

104 :悠理と清四郎 呪文編(3):04/12/19 03:55:20
長く白い息を吐いた。
再び小走りになりながら悠理は考えた。
考えに向かない頭をフル回転させたが、やはり明快な答えが出なくて、泣きたい気分になる。
答えが出ないのは、問題が難しいからか、あたしの頭が足りないせいか。
清四郎はなんでああやって早足で歩くんだろう。
あたしと歩くのはもう嫌になんだろうか。

追いかけても追いかけても、追いつかない。
立ち止まって待ってもくれない。

目尻に滲んだ涙が夜風に冷やされていく。

以前は喧嘩しても、いつの間にか仲直りして次の日には二人とも笑い合っていた。
それが常に清四郎の方が折れてくれていたことに、今さらながら悠理は気づく。
だが、ある時から彼は骨折って仲直りすることに疲れてしまったみたいだ。
終始にこやかだった彼が冷たい態度を取るようになったのは、いつからだろう。

自分から謝ったり、相手の機嫌を取ったりすることは悠理は大の苦手だ。
ましてや清四郎だったら、いつかは彼の方から折れてくれるだろうという考えていたふしもある。

小さなほころびを修復しないまま、時間が過ぎ、だんだんと穴は大きくなっていったのか。

悠理は唇を噛んで清四郎を追う。
彼の歩くスピードはますます速くなった。

待ってよ、清四郎。
待ってよ。


105 :悠理と清四郎 呪文編(4):04/12/19 03:55:51
待って、と口に出そうとした時、突然清四郎が立ち止まりふりかえった。
思わず悠理も足を止める。

和服の袖に両手を入れた清四郎は黙って悠理を見た。
その視線に耐え切れず、悠理は横を向く。

「どういうつもりですか、悠理」

冷ややかな声が聞こえる。
悠理の身体に震えが走った。
今までに聞いたことのない、清四郎の冷たい声。
漠然とした嫌な予感が悠理に押し寄せる。
必死で足を踏みしめると、押し殺した声で答えた。

「……どういうつもりって」

静かなひんやりとした時間が過ぎる。
清四郎の射るような視線だけが悠理に突き刺さっている。
やがて彼は不気味な程落ち着いた声でこう言った。

「僕にはあなたの考えていることがわからない」




106 :悠理と清四郎 呪文編(5):04/12/19 03:56:23
                  ○
  
  いいですか、悠理。『タマネギ』……これは泣きたい気もちのとき。
  『えび』……これは僕に会いたいとき。あいたいの「たい」で「鯛」で
  「鯛で海老を釣る」の例えからです。
  『タマ』は家に帰って寝たいとき。タマはよく寝ますからね。それから……

  かえってわかりにくいよ!
  それになんでわざわざ、こんなの考えるんだよ。

  悠理の気もちをもっと知りたいからですよ。
  悠理がなにを考えて、いまどうしたいのか、僕は知りたいから。

  悠理のことをもっと知りたいから。



                  ○


107 :悠理と清四郎 呪文編(6):04/12/19 03:57:19
除夜の鐘がいつの間にか止んでいる。
「あ、そ」
つまらなそうに答えると、悠理は興味なさそうに地面を蹴った。
それからいかにも嫌そうな顔で清四郎を急かす。
こういったことは得意だ、と悠理は思った。
つまらない顔。つまらない態度。嫌そうな声。

「で。だから何」

あたしのこともっと知りたいってのは、もう終わっちゃったんだな、清四郎の中で。
もうあたしが何考えてるのか、清四郎は考えてもみてくれないってわけだ。

その時、吐き出すように清四郎が言う。
「そうやって挑発的な態度をとりますね。自分から少しは歩みよろうとか思わないんですか」

なんで、こんなに怒ってるんだろうな。
あたしに怒ったってしかたないのに。
そんな態度とられたら、あたしだってこんな態度とるしかないのに。
全然わかってない、清四郎。

「いや、別に」
しらけたような声を出すと、清四郎の声にさらに怒気がかかった。

「悠理。疲れますよ、そういう態度」
「もういいよ」

お説教はもうたくさんだ。
悠理はまっすぐに清四郎の顔を見ると言い放った。


108 :悠理と清四郎 呪文編(7):04/12/19 03:58:11
「どうすんだよ、行くの、行かないの、初詣。行かないんなら、もう帰るけど」
「悠理、話をしてるんです」
「あたしはもう話無いから」

背中を向ける。一瞬の沈黙の後、静かな清四郎の声が聞こえた。
「わかりました、もういいです、悠理。さよなら」

ドキンと心臓が跳ね上がった。
背筋を寒いものが走る。
カランコロンと遠ざかる下駄の音。
え、いや。待って。
待って、清四郎。
さよならって。

さよならって、どういうこと………………清四郎?

悠理を静寂が包み込んだ。
次の瞬間、真夜中に不釣合いな子どもの騒ぎ声が聞こえ、釣られて悠理は振り返った。

そこには清四郎の姿は無かった。


                 ○
  めちゃくちゃ気分が悪くて、誰の顔も見たくないし、誰とも口を聞きたくない。
  笑いたくもないし、どっちかっていうとムスッとしてたい……けど、
  淋しい。誰かに側にいてほしい。できれば、僕に、……僕だったら悠理に側に
  いてほしい。そんな時の言葉は……



109 :悠理と清四郎 呪文編(8):04/12/19 03:59:28
  そんな時あるかなあ。

  悠理はしょっちゅうあるんじゃないですか。
  これはなかなかいいのを考えたんですよ。ほら。

  ……なにこれ。

  僕と悠理の名前を二つくっつけて考えたんです。覚えやすいでしょ。

  ……呪文みたいだなあ。

                 ○

チャリンと音を立てて賽銭が木箱に落ちていった。
ゴロンガランと音の悪い鈴を鳴らして、手を叩く。

二人で行くはずだった神社の人ごみの中に清四郎の姿を見つけることはできない。

ふたたびポケットに手を突っ込みながら、悠理は境内に並んだ人の横を通り過ぎる。
誰も彼もが、家族や友人、そして恋人と寒そうに、でも楽しそうに語り合っている。
一人で歩いているのは自分だけだと、悠理は思った。
そのまま帰るのはあまりに淋しくてりんご飴を買う。
人の波を横目に噛り付いた。

高校生らしい女の子の集団から発せられた声に耳が引きつけられる。
「この神社、すごいご利益あるよー」
「まじー?」
「ほんとだって、もう一度あの人に会いたいってお願いして会えたことあるもん」
「きゃー、ほんと?」

悠理は再び人の列に並び直した。

110 :悠理と清四郎 呪文編(9):04/12/19 04:00:06
終夜運転の電車に乗って、剣菱家の最寄り駅に着き、自宅までの道のりを悠理はひたすら歩いた。
普段運転手つきの車に乗っているので、駅から自宅まで案外と距離があるのに気づかなかった。
やっと家が見えるまでのところに来ると、聞きなれた鳴き声がした。

白い大きな猫が悠理を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる。

「フク!」

どうやら夜、家に入り損ねたらしい。
抱き上げて頬ずりすると、猫の毛がひんやりしている。
愛猫に微笑みながら「フク、タマは?」と聞くと、女主人の手を滑り降り、タッと走っていく。
彼女の走っていった先に視線をやると、二匹の猫に擦り寄られている清四郎の姿を発見した。

にゃあん、にゃあんと鳴きながらタマとフクはぐるぐると清四郎の周りを回っている。
彼を見上げる二匹の顔は微笑んでいるようにも、彼を祝福しているようにも見え、
悠理は不思議な気持ちになった。

彼女の足音に気づくと、清四郎はゆっくりと顔を上げ、悠理の顔をじっと見た。
そして微笑んだ。
数時間前に見せた険のある顔とはうって変わった穏やかな表情だった。

その顔に勇気づけられて悠理は彼に近づく。
と、彼がこう言った。

「もう終わりにするつもりだったんですが」

悠理の足が止まった。
清四郎は静かに告げる。

「最後にもう一度、顔を見てから帰ろうと思って」


111 :悠理と清四郎 呪文編(10):04/12/19 04:00:45
あくまでも笑みを浮かべている清四郎の顔を悠理はじっと見つめた。
「……終わりにするって、もうあたしとは会わないってこと?」
「……そうです」

淋しそうな顔で清四郎は悠理の顔をのぞきこんだ。

「悠理もそうしたいでしょう。僕とつきあうのに疲れたんじゃないですか」
「……疲れた」

悠理はキッと清四郎を睨んだ。
「疲れたよ。あたしの考えてることがわからない、とか、あたしが清四郎とつきあうのに
 疲れたんじゃないかとか、もう終わりにしようとか、そんなこといっぱい言われてさ」

清四郎はうなずいた。
片手で何かを差し出した。
「もう少し僕が大人だとよかったんですけどね。すみませんね、あなたを受け止めることが
 できなくて」
悠理の手の平の中に、なにかカサッとしたものが押し込まれた。

「悠理。僕はね悠理が好きですよ。たぶん一生それは変わらないと思う。
 だから悠理、幸せになってください。ほんとに」

眉間に皺を寄せて自分を見上げる悠理の頬に、そっと清四郎は手を添えた。
寒さに凍えて冷たい手だった。
愛おしむように、優しく彼女の頬を撫でると清四郎は呟いた。

「さよなら」


112 :悠理と清四郎 呪文編(11):04/12/19 04:01:32
悠理の横をすりぬけると、再び下駄の音をさせて清四郎は歩き出す。
しかし、十歩も歩かないうちに清四郎は悠理の叫び声を聞いた。

「疲れるんだよ。なんで勝手に決めちゃうんだよ。あたしがどうとか、なんでわかるんだよ」

下駄の音は止まらない。悠理は清四郎に向って声を限りに叫んだ。

「わからないだろ、知らないだろ、清四郎」


知るもんかあんな奴。
自分であたしに寄ってきたくせに、自分であたしにキスしたくせに
自分であたしを抱きしめたくせに、自分であたしに付き合おうって言ったくせに。

なんでも一人で決めちゃって、なんだよ。
知るもんか、あんな奴。

手の中で何かがぐちゃぐちゃになっていた。
広げてみると、四つに折られたメモ用紙だった。
汗で破れそうになったそれを広げてみる。
文字が書いてあった。






「きく けん まさ びし むね  せいし ゆう ろう り」
 




113 :悠理と清四郎 呪文編(12):04/12/19 04:03:13
               ○  

  悠理。言葉を作ろう。
  僕と悠理の二人だけの言葉。

  きくけんまさびしむね せいしゆうろうり

  なんだか呪文みたいだな。

  めちゃくちゃ気分が悪くて、誰の顔も見たくないし、誰とも口を聞きたくない。
  笑いたくもないし、どっちかっていうとムスッとしてたい……けど、
  淋しい。誰かに側にいてほしい。できれば、僕に、……僕だったら悠理に側に
  いてほしい。そんな時の言葉。

  きくけんまさびしむね せいしゆうろうり

  愛してるとか、好きだとか、口に出しては言わないけど、
  僕はいつも悠理のことを考えている。
  世界で一番とか、誰よりも一番とか、そんなふうには恥かしくて言えないけれど
  だいたい、いつもそれくらいに悠理のことを考えてます。
  
  もし悠理が僕に飽きたら、遠慮なく言ってください。
  むしろ僕は悠理が僕と嫌々ながらつきあってる、その方が怖いんです。

  きくけんまさびしむね せいしゆうろうり
  
  悠理、悠理。……なにを、一体なにを考えているんですか。

  ―――悠理?

                ○

114 :悠理と清四郎 呪文編(13):04/12/19 04:03:45
下駄をカラコロ言わせながら夜道を帰っていく清四郎は、突然背後から飛び蹴りを食らって
前によろめいた。
迷惑そうにふりむく。

「何するんですか」

肩で息をしている悠理は片手を清四郎の鼻先に突き出した。

「これ返す」

清四郎は黙って、悠理を見つめている。
悠理は涙の痕が残る頬を紅潮させている。

「なんだよ、言いたいこと言ってさ。結局、清四郎はあたしのことなんかさ、
 全然わかってないじゃないかよ」
「そうかもしれませんね」
清四郎は苦笑する。
悠理は何かつぶやいた。

聞きなおそうとして清四郎が一歩近づく。
その途端、柔らかいものが腕の中に飛び込んできた。

悠理は清四郎の腕にしがみついた。
「わかってよ、あたしのこと」
「……悠理」
「好きなら側にいろよ。ずっと側にいろよ。死ぬまで側にいろよ」
「悠、理……僕は」


115 :悠理と清四郎 呪文編(14):04/12/19 04:04:13
「きくけんびしまさせいしゆうろうり」

清四郎は涙でぐちゃぐちゃになった悠理の顔を見た。
熱でうかされたように悠理は『呪文』を唱えた。

「きくけんまさびしむねせいしゆうろうり。きくけんまさびしむねせいしゆうろうり」
「悠理」
「側にいてよ。さよならなんて言わないでよ、清四郎。
 もういい子にするから。わがまま言わないし、ふくれ面しないし、
 ちゃんと自分の気もち、清四郎に話すから」
ふいに悠理は自分の身体が強く抱きしめられるのを感じた。
耳元で清四郎の押し殺した声がする。

「悠理。いいんですか、僕で」
瞳を閉じると、溜まっていた涙が一気に頬を滑り落ちた。
「清四郎じゃなきゃ、嫌なんだ」
「悠理」
いっそう強く清四郎は悠理を抱きしめた。


「不安だったんです、いつも。僕とつきあうようになってから、悠理からどんどん
 笑顔が少なくなって。悠理は僕とつきあわないほうが幸せなんじゃないかって」
悠理もいっそう強く清四郎にしがみついた。
「いっしょだよ。あたしもいつも不安だったもん」
「……そうなんですか」
「うん」
「……」




116 :悠理と清四郎 呪文編(15):04/12/19 04:05:16
澄んだ夜空をバックに、今まで一番優しい瞳をした清四郎が何か言った。
その言葉は覚えてない。
彼の瞳だけを覚えている。

あたし達はあんなにお互いを必要としていたのに、誰よりも淋しがりやで不器用だった。

清四郎。
優しくて、愛しくて、あんなにあたしを必要としていた人。
もう記憶も薄れてきて、彼と最後に交わした言葉すら覚えていない。
あまりにもあっけなく、その時は過ぎてしまい。

あたしがこんなふうにどこかで生きているように、たぶんあいつもどこかで生きているんだろう。

想い出は美しいと人は言うけれど。

彼の温かさをあたしは忘れない。

清四郎と過ごした時間、あたしはたしかに幸せだった。
あの時幸せだったから、今のあたしも幸せなんだと思う。

たまにあたしは口ずさむ時がある。

  『 きくけんまさびしむね  せいしゆうろうり 』

ありがとう。


<悠理と清四郎 呪文編 終わり>

117 :名無し草:04/12/19 12:56:01
>悠理と清四郎
ああ、仲直りして終わりねー、とほのぼの読んでたら
最後のレスで食ってた昼ごはんを全部吐き出しそうに
なりました(失礼)。
今はお互い他の人と幸せになっているのならいいですが。
でもこれって仲間としてももう会ってないってこと
なのですよね?(涙)
めちゃめちゃ寂しい結末に涙が・・・

118 :名無し草:04/12/19 17:05:12
>悠理と清四郎
1作めの時から密かに好きだったので、久しぶりのうp、嬉しかったです。
でも……でも、切なすぎる。二人の姿もだけど、文章一つ一つが
胸に突き刺さるみたいで、涙が止まりませんでした。
(清×悠も好きですが、基本的には他カプ好きなのに)

それにしても、PCの前で小説読みながら、一人号泣してる女……。
お見苦しいものを連想させる感想で、すみません(^_^;)

119 :名無し草:04/12/19 18:05:10
>悠理と清四郎
読み終わってから色々と考え込んでしまいました。
最後の一レスで>もう記憶も薄れてきて、
と悠理が言っているので、想いでを回想している時点で悠理はもう結構年なのかなとか、
何が原因で2人は別々の道を歩み始めたのかなとか・・・・
私も涙が止まりませんでした。


120 :名無し草:04/12/19 23:50:10
>秋の手触り
各々の恋模様と、企業陰謀と、ハラハラドキドキっすね。
季節、一巡でとおり越してるけどwこのところ頻繁にうpされて嬉しい。
作者さま忙しい中ご苦労様。

>悠理と清四郎
ええ、これってあのシリーズの一環なんですか?!
こ、こんな、締め括りが待ってたなんてええ・・・

121 :名無し草:04/12/20 00:03:52
『サヨナラの代わりに』をうpします。
http://houka5.com/yuukan/long/l-50-2-3.html
前スレ692の続きになります。


122 :サヨナラの代わりに (83):04/12/20 00:06:05
「私は、清四郎に何も聞くことができないまま、別れてしまいましたの」
食事を終えて最後のコーヒーを待つばかりになった時、野梨子がポツリと呟いた。
どこか途方に暮れたような表情をして、その視線は焦点が合ってない。
「清四郎は、私が聞けば話してくれたのかもしれません……」
野梨子が言葉を濁した時、タイミングよくウェーターがやって来た。
まずは野梨子の前に、次に俺の前にカップとソーサーを置き、それからミルクの入った
陶器の入れ物をテーブルの端に置いた。
野梨子はすぐにミルクを取ってカップの中に垂らし、スプーンでゆっくりとかき混ぜ始めた。
かき混ぜる速度とシンクロするかのように、野梨子が言葉を続ける。
その視線は混ざり合おうとしている液体に落とされ、その声は弱々しく張りがない。
「……少し前から、何だか様子がおかしいとは思っていたんですの。でも、何故か聞いては
いけないような気がして。……いいえ、本当は、逃げてただけですわ。悪い方にしか、
考えられなくなってしまって。もしかしたら、そうではなかったのかもしれませんのに」
俺の胸に、野梨子の言葉が鋭く突き刺さる。
俺も悠理に、聞けなかった。
……どうして他の男に走ったのかと。
……ソイツは、誰なのかと。

123 :サヨナラの代わりに (84):04/12/20 00:08:08
「なあ、野梨子。もしかしたら、俺達は似てるのかもしれない」
俺は尚もスプーンをかき混ぜる野梨子に話し掛けた。
途端に、野梨子の手がぴたりと止まる。
俯き加減だった顔が上がってその大きな瞳は見開かれ、俺の顔を不思議そうに見た。
俺としては突拍子もないことを言ったつもりはなかったが、野梨子にとってはそうで
なかったらしい。
「少なくとも俺は、ヘンに傷付くことを怖がって、吐き出さなきゃいけないことを
 呑みこんでしまった」
そう、あの頃の俺は、今まで生きてきた中で一番脆くて臆病だった。
冷静さに全く欠けていて、とにかく事を急いで、ひとりに戻った。
それからは何事もなかったかのように仕事に没頭して、日常を取り戻そうとした。
「魅録だけではありませんわ。……私も、聞きさえすればよかったんですわ。
 ……あのひとが、嘘をつき通そうと事実を語ろうと、それは瑣末なことでしたのに」
野梨子は複雑な表情を浮かべながらも、淡々とした口調で言葉を紡いだ。
ここがレストランでなければ、俺はその場で野梨子を抱き締めていただろう。
これまで神やら運命やらを恨んだこともあったが、もう、その気持ちはない。
全ては、野梨子へと辿り着くために必要なことだったのだと、今では思える。

124 :サヨナラの代わりに (85):04/12/20 00:09:32
「野梨子、待ったか?」
「いえ、私が早く来すぎましたの」
区役所の近くのカフェに、魅録は待ち合わせ時間ぎりぎりにやって来た。
私はと言えば、気が急いて20分も前にここに来てしまった。
窓際の席に座り、コーヒーだけ頼んで何気に窓の外に視線を遣って、逸る気持ちを何とか
落ち着けようとしていた。
「魅録、時間の方、大丈夫ですの?」
「コーヒー一杯くらい飲みたいところだが、悪いがそうもいかない」
私はカップをソーサーの上に静かに置き、席を立って魅録の後に続いてカフェを出た。
さりげなく、魅録の左手が私の右手を握り締める。
どちらからともなくふたり横に並んで歩き始め、程なく区役所の正面玄関に着いた。
入り口の案内板を見て、2階の12番カウンターへと向かう。
ちょうどそこには一組の、明らかに私達よりずっと若い二人が届けを出そうとしていた。
「ちょっと、座るか?」
魅録が、すぐそばにある椅子を指し示した。
週の真ん中の水曜日だからか、区役所自体、ひとが多くなかった。
「ええ」
私達は手を繋いだまま、並んで椅子に座った。

125 :サヨナラの代わりに (86):04/12/20 00:11:14
「じゃあ、行こうか」
5分ほど立って、若いふたりがカウンターを離れたところで魅録が立ち上がった。
胸ポケットに手を突っ込んで、朝出て行くときに持っていった封筒を取り出した。
まず三つ折にされた茶色の用紙を取り出し、封筒をまた胸ポケットに突っ込んでから用紙を
広げてそれを右手に持った。
私も立ち上がって、魅録の隣を歩く。
カウンターに着いて魅録が用紙を係りのひとに手渡し、私達は口を揃えて『お願いします』と
言った。
係りのひとは特に表情を変えず、用紙に目を通し始めた。
私は魅録を見上げ、それから係りのひとに視線を向ける。
昨日の夜、ふたりで何度も何度も間違いがないか見直したのに、心臓はそんなことに関係なく
鼓動を速めていく。
私は知らず知らずのうちに爪先立ちになり、カウンターに手をついて身を乗り出していた。
「それでは、こちらは受理いたします」
永遠とも思われるほど時間がたった後、係りのひとが抑揚のない声で言った。
私達はお互い顔を見あわせ、それから軽く頭を下げてカウンターを離れた。
魅録の左手が、再び私の右手を握り締める。
私達は後ろを振り返らずに歩き始め、区役所を後にした。

126 :名無し草:04/12/20 00:13:03
以上で、『サヨナラの代わりに』は終わりです。
読んでくださった方、スルーしてくださった方、本当にありがとうございました。



127 :名無し草:04/12/20 03:51:56
>サヨナラ
続きだ!と思ったら…終ってしまいました。。。(ノ_・。)
残念ですが、お疲れ様でした。


128 :名無し草:04/12/20 08:22:33
>サヨナラの代わりに
「いつか、きっと」から続けての連載終了お疲れ様でした。
二作品とも考えさせられる内容で面白かったです。
野梨子と魅録は元の伴侶に、どうしてなのか聞けばよかったと
思っているようですが、やっぱり聞かなくて正解だったんじゃないかと。
世の中には知らなくていいことがありますよね……
ともあれ、二人はハッピーエンドを迎えられてよかったです。
次の作品をお待ちしております。

129 :名無し草:04/12/20 08:40:56
>サヨナラの代わりに
作者さま、お疲れさまでした。
子どもな私は、どうしてなのか明白にしなければ
済まないところがあるのですが
この作品を通して知らなくてもいいことの意義を
改めて考えさせられました。
大人の世界をありがとうございました。
次の作品、お待ちしています。

130 :名無し草:04/12/20 10:01:11
>サヨナラ
文学としてはこの中途半端な感じが良いのでしょうけど
個人的には消化不良というか、スッキリしない読後感でした。
真実を知った二人が、その葛藤とどう向き合うのかが読みたかったのにぃ〜
更に言えば「いつかきっと」の数年後の4人の様子も読みたかったのにぃ〜
ここまで引っ張っておいて・・・作者さまったらイケズぅ。
(こうなったら自分で勝手にその後を妄想して楽しもう・・・くすん)
あ、でもとっても大好きな作品です。
これは文句じゃなくて素直な感想なので、気に触ったらごめんなさい。
本当にあなたの作品世界が好きでした。
次回作を心からお待ちしてます。

131 :名無し草:04/12/20 11:02:41
>サヨナラの代わりに
「いつかきっと・・・」と併せて私も大好きなシリーズでした。
独立したお話としてはこの結末ですっきりですね。
今後二人が結婚式のときにでも真実を知ることがあるのか?
その時に何を考えるのか?
清四郎と悠理はどうなるのか?
などなど未来は読者の手に、ということなのでしょうね。
美童と可憐から見た4人などを想像しても楽しんでいます。

132 :名無し草:04/12/20 11:26:50
>悠理と清四郎
ちょっぴり切なく可愛いシリーズで大好きだったんですけど
今回はいくらなんでも切なすぎです。泣いちゃいました。
これがシリーズ最終回なんでしょうか。哀しい

>サヨナラの代わりに
え?これで終わりなんですか?そんな〜
自分、想像力が乏しいのでみなさんのように
その後を想像して楽しめない・・・○| ̄|_
作者様、更なる続編か可憐美童編とか書いてくださいません?

133 :名無し草:04/12/20 13:37:31
>サヨナラの代わりに
「いつか、きっと…」からの連載、本当にお疲れ様でした。
登場人物の行動や、物事の良し悪し、自分の物の見方など、
色々な意味で、考えさせられる作品でした。
私も>>130さんのように、真実を知った二人がどうするのか、など
知りたかったのですが、全てを知ろうとする事で、かえって
自分や誰かを決定的に傷つけることがあるんだ、と思えば、
これでよかったのかな、と。
独特の、文学的な世界(お話)を、ありがとうございました。

134 :名無し草:04/12/20 19:18:58
>悠理と清四郎

改めて読み返してみたら、以前の悠理の独白がこの結末を
物語っていたんですね・・・。ううーん・切ない。
二人の不器用でもどかしい距離、埋めようとする呪文、
一生懸命な恋でしたね。切なくて、悲しくて、素敵でした。

>サヨナラの代わりに

連載お疲れ様でした。いつも楽しみに待ってました。
私もやはり清四郎と悠理が気になるのですが・・。
これは「魅録と野梨子」サイドの物語なのだな、と思いました。
続きをいつか書いてくださると嬉しいです。
有難うございました。


135 :名無し草:04/12/21 20:38:50
「横恋慕」をUpします。
今回は4レスいただきます。
>50の続き

136 :横恋慕(101)魅×悠×清:04/12/21 20:39:24
悠理の見舞いに来たと五代に告げ、魅録は一人で部屋へ入った。

カーテンの引かれた薄暗い部屋に足を踏み入れると、足音を忍ばせて天蓋のついたベッドへ
と近付く。仮病かもしれないと疑った自分を恥じながら。
薬が効いているらしく、彼の恋人は安らかな寝息を立てて眠っていた。

ふと、サイドテーブルに目をやると、キラリと光るものが目に留まった。
それは・・・自分の贈った卒業祝いだった。
一瞬胸が痛んだが、気を取り直してつまみ上げる。
具合が悪いから外したんだろう。それだけのことだ、と。

もう一歩ベッドに近付いた時、水指しの後ろに隠すように置かれた小箱に気付いた。
それが宝石を入れるケースだということはもちろん知っている。
だが、残念ながら彼がプレゼントしたジュエリーアキのかわいらしいデザインとは違った。
重厚で、上質な、紺色のベルベット。
なぜだか中身を確かめなくてはならない気がして、悠理の様子を横目で見つつ手を伸ばした。

こっそりと蓋を開けると、現れたのは見事な煌めきのダイヤのリング。

彼の心臓が、意志とは無関係にせわしなく打ち始めた。
まさか・・・?

いや、きっとおじさんかおばさんからのプレゼントだ。
もしあいつが贈ったものだったら、あれほど結婚を嫌がった悠理が、後生大事に持ってるはず
がないじゃないか。そう思おうとした。
派手好きなおばさんが選んだにしちゃ小さいし、シンプルすぎるデザインだが・・・。
震える手でそれをつまみ、息が止まった。

137 :横恋慕(102):04/12/21 20:40:33
刻印された日付けには覚えがあった。
あの二人の婚約発表の日。そして、S to Y というイニシャル。

凍り付く魅録の後ろで、空気が揺らいだ。

「・・・せ・・・・・・・・・しろ・・・?」

掠れた声に打ちのめされる。


背中の向こうで悠理が泣いていた。
こっち向いてよ、清四郎、とその声は呼んでいた。

夢の中でも、悠理は泣いていた。


「清四郎・・・なんで・・・」
悠理は立ち竦んでいる魅録の上着の裾をつかんだ。
「・・・・・・行かないで、ずるいよ・・・」
苦しそうにもう一方の手で胸を押さえながら、必死で上体を起こす。
そして、暗がりに溶け込んだその背中が、求めている男とは違うことを漸く知った。
「・・・みろ・・・く・・・・・・?」
男は振り返らない。
張りつめた空気の中、悠理はその手を放し、消え入りそうな声でごめん、と言う。


138 :横恋慕(103):04/12/21 20:41:22
「・・・なんでだ?なんで、あんな男がいいんだよ」
怒りに震える声が、血の気を失っている悠理の上に降り注ぐ。

「いつだってお前のこと、バカにしてばっかりで・・・お前を猫かなんかだと思ってんだ。
女だなんて思ってねぇんだぞ?剣菱が手に入るって理由だけで、お前と結婚しようとした
んだぞ!?あんな・・・あんな奴より、清四郎なんかより、俺の方がずっとお前を幸せに
できるんだ!」
押し殺した声を絞り出しながら、魅録は振り返った。
だが、悠理はじっと顔を伏せて唇を噛み締めるばかりだった。

右手を突き出し、彼はついに怒声を上げた。
「なのに、何なんだよ、これ!?なんでこんなモンまだ持ってんだよ、悠理!」
ぼんやりと彼を見返した悠理の瞳が、不意に彼の手元に注がれた。
「・・・それは・・・・・・」
言い淀む女の前で、魅録は軽く目を細めた。


それは、恋人であるはずの女の、明白な不実の証拠だった。
思い出という言葉では片付けられない何かが、確かにそこに存在していることの。


139 :横恋慕(104):04/12/21 20:42:08
「可憐には、貰ってないって言ったんだろ?あいつすっかり信じてたぜ。お前、意外と嘘つくの
上手なんだな」

不気味なほどに、落ち着いた声だった。
悠理はパジャマの胸元を握りしめたまま、ベッドの上で座り直し、顔を横へ向けた。
無言で自分を見据え続ける鋭い視線から逃げるように。

「貰ったんじゃ、ないよ。あいつが勝手に置いてっただけ。捨てる・・・つもりだった」

唇が震え、言葉にならない。
その掠れる声を追うようにして、魅録は吐き捨てた。
「・・・そうか。じゃあ、俺が捨ててやるよ」

くるりと背を向け、魅録は荒々しくカーテンを引いて窓に手をかけた。
彼の意図を察知した悠理は、声にならない悲鳴を上げた。



その時だった。
二人の後ろで、激しい音を立ててドアが開かれた。

悠理、という呼び声と共に。



[続く]


140 :名無し草:04/12/21 23:06:48
>横恋慕
クライマックスですね!
清四郎VS魅録が次回展開されるのでしょうか。
ドキドキしてしまいます。

141 :名無し草:04/12/22 00:46:22
>横恋慕
こちらもそろそろ大詰めでしょうか?
うーむ後を引く繋ぎだ。続きが気になる。悠里と呼んだのはいったい・・・

>サヨナラの代わりに
作者さまお疲れ様でした。
往年の金曜ドラマっぽくて「いつかきっと」の頃から好きでした。

142 :141:04/12/22 00:48:40
悠理の字、間違えた。うっかりしました。

143 :名無し草:04/12/22 12:36:46
>横恋慕
いよいよ佳境に入るのでしょうか。
3人の想いがどんな結末を迎えるのか・・・
続きをお待ちしております。

144 :名無し草:04/12/24 19:59:37
今日はイブですね。作家さま、すてきなクリスマス話をお待ちしてます。

145 :クリスマスローズ:04/12/24 21:14:17
>144さんのような声にお応えして、魅録単独のクリスマス短編をUPします。
3レスいただきます。

*******************

そういや今夜はクリスマスイブだっけか。と魅録は思う。
シンプルに鮮やかなクリスマスイルミネーションにトレードマークのピンク頭を照らされる。
はあ、と吐いた息は煙草をくわえているわけでもないのに白い。
どんなに暖冬でもこの時期にはきっちり冬将軍が下りてくる。律儀な将軍様だ。
クリスマス寒波の名前は伊達じゃない。

彼には特に予定はなかった。
倶楽部のほかの連中は、というと、可憐と美童は言うまでもなくそれぞれの相手とデートだ。
美童のほうはどうせ何人も掛け持ちでとびきり忙しくて体力を使う夜になっていることだろう。
可憐のほうは日付が変わる前にちゃんと家に帰って母親と過ごすに決まっているが。

いつも魅録と騒いで過ごす(大抵は他のシングルの遊び仲間も一緒にだが)悠理は今年は母親に引っ張っていかれてパリでイブを過ごしている。
一昨日、終業式が終わった途端に執事の五代が迎えに来てそのまま拉致られたのだ。
着せ替え人形にされてるんだろうなと魅録は苦笑した。

清四郎と野梨子にはクリスマスはほとんど関係ない。
純和風な白鹿家はともかくとして、すでに年間行事にさほどの夢も感慨も持っていない老成した姉と清四郎がいる菊正宗家でも特に何もしない日であるらしい。
いつものように本を読んで過ごしますよ、と笑っていた。
野梨子のほうは稽古事のお師匠さんの家で幼稚園生のお孫さんのためのパーティーがあるので参加するのだと言っていたが。

146 :クリスマスローズ:04/12/24 21:16:48
魅録は予定もないことだし、いつものように彼女のいないヤローどもと飲み明かそうかと思っていた。
そうして珍しく街を歩いていた。年末で取締りが厳しいのだ。飲酒運転で逮捕されて親を辞職させるのもマヌケだ。

ふと、彼の足が止まった。
そこには小さなフラワーショップ。
赤と緑のポインセチアが最後のチャンスと店頭に並べられている。
そしてイブのテーブルを飾るためのポットに入ったフラワーアレンジたち。
店の内部には正月向けの門松などの準備も始められているようだったが。

その中でも彼の目に留まったのは、白い花だった。
緑の茎にふわりと広い葉。
そして花びらの先が少し尖ったような丸い形の白い花。
札にはクリスマスローズと書かれている。

その花に、魅録は彼女の面影を見たような気がした。
真っ白で真っ白で、無垢なその花───

似合わないのはわかってるんだけどさ、と自分に悪態をつきながら、彼は店員に声をかけた。

147 :クリスマスローズ:04/12/24 21:18:57
ジッポーの蓋をかちりと鳴らして火をつける。少しオイルが燃える臭いがしてじじ、っと音が鳴る。
自宅には両親はいない。
昨日の母・千秋の誕生日に彼女にケーキと花束を渡すために父・時宗は彼女を追いかけてオーストラリアに行ってしまった。
暗い室内、ジッポーの火に照らされて先ほど手にしたクリスマスローズのミニブーケが転がっているのが浮かび上がる。
魅録はふーっと煙草の煙と共に長い息を吐いた。
あの人を想いながら手にしたものの、顔に似合わず情熱的な父とは違ってそれを彼女に渡すなどととても想像すらできない。
渡せないことをわかっていて彼はそれを手にしたのだ。
白い無垢な花。
それはとても彼女に似ていた。

かちり、と再び音をさせて蓋を閉じるとその小さな炎は消える。
明かりをつけていない彼の部屋を照らすのは小さな赤い煙草の火。
そして彼愛用の自作パソコンのディスプレイの青みがかった光だけ。
その中で、白い花がぼうっと月のように彼の目をひきつけていた。

ただ、白い花だけが。

              おわり
**********************

彼が誰を想っているのかはお好きに想像してください。
メリークリスマス♪

148 :名無し草:04/12/24 23:33:39
Merry X'mas♪
>144さんではないのですが、早速の作品うp、有難うございました!

>クリスマスローズ
一人過ごす魅録の姿が、ちょっぴり切ない、でも素敵なお話でした。
皆が別々のクリスマスなら、きっとこんな感じなんだろうなぁ。
クリスマスローズって、どんな花なんだろうと思い、ちょっと調べてみたのですが、
そうして読むと、改めて納得&想像を掻き立てられますね。
私も、慰められました(w

149 :名無し草:04/12/24 23:36:21
>クリスマスローズ
クリスマス話降臨!!
胸がきゅぅんとなっちゃいました〜。
白い無垢な花……というとやはり野梨子でしょうか!?
素敵なクリスマス話をありがとうございました!

150 :名無し草:04/12/25 10:33:58
>クリスマスローズ
わあ素敵なお話が!作者さまありがとうございます♪
私も最初は野梨子?と思ったのですが、
読み直して『可憐のほうは日付が変わる前〜』のくだりで
なんか魅録が可憐を良い意味で信じてるっぽくて
可憐もありかな、と思いました。
どっちにしても来年は魅録が想い人にブーケを渡せることを祈ります!

151 :名無し草:04/12/25 12:27:07
>クリスマスローズ
聖夜にふさわしい、すてきなお話でした。
読み手に相手の女性を想像させてくれるので、
好きなカプに脳内変換できるのも嬉しいですね。
倶楽部の女子は、ある意味皆無垢なので、
一人一人を順にイメージして楽しみました。
純情で一途な魅録、かなりかっこよかったです。

152 :名無し草:04/12/25 14:19:49
>クリスマスローズ
魅録好きとしては、うれしかぎりです。
ほんと好きなカップルでイメージできてよかったです。
私も 150さんと同じで読んでみて可憐もありかなと思いました。
作者さま、素敵なクリスマスプレゼントありがとうございました。


122 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)